GP輝凛E1 第2回 担当●河上裕マスター
「光きらめく,その先に」
目を開けてても,閉じてても,何も見えないのは同じ.分かってるわ,そんなこと.
でも,いつも見る夢は,ちゃんと景色が見えてるの.
私には大きな羽根がある.鳥みたいに,ふわふわした,気持ちいい羽根.私はそれで,大空へと舞い上がる.どこまでも,どこまでも飛んでいく.
そして,ふと思い出すの・・・私は本当は目が見えないんだって.景色が,真っ暗になる.翼も,真っ黒になる.
真っ暗な闇の中に,まだ見える一筋の光.
私はそれに向かって,ゆっくり歩く.不思議ね,目は見えないのに,転んだりしないのよ.私はそして,それが扉であることを知るの.その扉の向こうには,もう一人の私.
真っ黒な髪,真っ黒な肌.私と同じ・・・でも,目は赤じゃない.輝く金色の目をしているの.そして,言うのよ.
「扉を開けて」
私は,首を振る.きっと,良くないことが起こるから.その扉は,今まで幸せだった全てを壊してしまうわ.それだけじゃない!たぶん,お兄ちゃんやガナンさん,皆のだって幸せじゃなくなるわ.
とても,大きな力.私は扉を開ければ,すごく大きな力を手に入れられる.でも,自分で忘れたことにしているのよ.その方が,幸福なんですもの.
「ト・ビ・ラ・ヲ・ア・ケ・テ」
私そっくりのその女の子は,もう一人の私なのよ.その子の言葉は,私の言葉なのかもしれないわ.
でも,扉を開けることはできないわ.まだ,全てを失うのは,早すぎるから.
「・・・ナ,・・・!」
揺り起こされて,目が覚める.
「大丈夫か?またうなされてたぞ」
お兄ちゃんは,心の底から心配そうな声.
「ありがとう,大丈夫よ.ちょっと,恐い夢を見たの.きっと,大丈夫・・・」
私は,そう言って,また眠りに落ちていく.大丈夫だと自分に言い聞かせて.
シュパイエルの首都,ラーゴ.流れ流れてこの地にやってきたショウ・カイル・ニューエントは,偶然にも王であるプラネタと,セルバの少年が二人連れで王宮にはいるのを目撃した.
「な〜んか,気になるんだよなぁ」
ふむ,と彼は頷くと,城への侵入を試みることにした.
正面から行っては,もともこもない.裏口はないかと周りを一周する.どうやら使用人専用の小さな通行門がいくつかある.そのうちの一つに,ちょうど女性が入っていくのを見付けた.
「しめた」
彼は,素早く女性に近付き,声をかけた.
「すみません,お尋ねしたいことがあるのですが」
丁寧に話し掛けられたのと,騎士のような格好をしていたせいか,その女性は,さして疑いもせず振り返って頷いた.
「何ですか?」
ショウはできるだけ愛想よく話した.
「俺はこの国へ来るのは初めてなのですが,この国について,色々とお話を聞かせてもらいたいのですが,詳しい方をご存じありませんか?」
ちらり,と視線を城へと投げてから,またショウは彼女を見つめた.
「それでしたら,これから謁見の時間ですから,直に王様をご覧になられては如何でしょう?誰でも正面の門から入れますから」
そう言われて,ショウは頷いた.
「そうですか,どうもありがとう」
二人はにこやかに別れた.
ショウは正面まで回っていった.そして,門兵に近付いて,先程と同じように,申し訳ありませんが・・・と尋ねる.
「謁見は,あと少しで始まる予定ですから,どうぞお入りください」
難なくすんなり城へと入れてしまった.こんなことなら,最初から正面から入ることを選べば良かった,とも思う.
「まあ,いいか」
正面から真っすぐ,城に向かって歩く.少し行くと,そこはもうプラネタたちでいっぱいになっていた.
人垣の向こう側に,王宮から少し飛び出た大きなベランダのような形で,石造りの高台が見える.そこに王が姿を表すようだ.
少しあたりが騒ついてきたと思うと,割れるような大きな歓声に変わった.それが,王が出てきたという合図のようだった.
「静粛に」
騎士であろうか,立派な身形をした者が,王の傍らに控えている.辺りが,水を打ったように静まり返る.
「いいんだよマイスィート,私は賑やかなのが大好きだからね」
嬉しそうに,にこやかに王が話す・・・まいすいーと?
「王,早くお話を」
騎士が跪いたまま,少し顔を赤くさせて,王に話を促す.いつものことなのか,プラネタたちの間には,どっと笑いが起こる.
「皆さん,おはよう.とてもいい朝ですね.今日は,シュトゥットガルドの方から大使が来られる日でもあります.大いに,私たちが頑張っていることをアピールする,いい機会でもあります.だからと言って,気負う必要はありません.いつも通りでいいんですからね.私も,この国をより発展させるために,いくつかお願い申し上げるつもりでいます.皆さんと一緒に,これからも明日のために頑張りましょう」
わぁっという,大きな歓声が巻き起こる.どうやら,国王の信頼はかなり厚いようだ.それにしても・・・あのプラネタの親父は,国王だったらしい.あのときは,目つきがうつろだったが,今は凛々とした雰囲気だ.
一緒にいたセルバの少年は,見当たらないようである.これは・・・調べる必要がありそうな気がする.
ショウは,王に向かって必死に手をふる群衆から抜け出して,城へと侵入することにした.
表から入るのは,得策ではないのだが,先程のこともあるし,あえて正面から近付いてみることにした.
大きな木工作りの扉がある.家紋のようなものが入っている.そっと手をかけると,簡単にそれは開いた.
「案外簡単そうだな」
う〜ん,と唸りつつショウは入ろうと一歩を踏み出した・・・が.
「随分と慣れた手つきだな」
ひんやりとした,剣の感触が首筋に当てられている.これでは,何の抵抗もできそうにない.
「いや,あの・・・」
何か言葉を続けようにも,ちくりと剣先が首を切り,少量だが,血が流れた.
「王宮に,何のようだ」
女の子だ.それも,十代前半くらいの・・・しかし,剣の腕は中々という感じがした.
「手合わせ願えないか?」
思い切ってショウは言った.
「面白い.いいだろう,中庭へ来い」
その少女は,すっと剣を引く.このまま後ろから切り掛かる手もあるのだが,無抵抗な人を切り付ける行為は嫌だし,何より面白いことが起こりそうな雰囲気だった.
中庭へ案内されると,幾人かの兵士らしきプラネタたちが,ぎょっとしてこちらを見ている.
「姫,何者か分からぬまま城に・・・」 兵士の一人が言葉を続ける前に,また先程と同じように剣でぐりぐりと相手を威嚇してみせる.姫・・・?ショウは,まじまじと目の前の少女を見た.シュパイエルの姫なのだろうか.
「うるさい!私の勝手だ.口出しするな」
どうやらかなりの御転婆らしい.思わずくすり,とショウは笑った.
「・・・いま,女のくせにとか思ったか?」
じろり,と睨み付けられてショウはにこやかに微笑み返す.
「いや,面白いことになりそうだと,思ってね」
ニヤリと笑って,背中の剣を鞘ごと手に取る.剣は,鞘に入れたままだ.
「手は抜くなよ」
二人は頷いた.鞘のままの剣を見て,少女は,先程持っていた剣を木刀に持ちかえた.
「いくぞ!」
少女が切り込んでくる,荒々しいが,中々にして太刀筋はいい.
「思ったとおりだ!」
面白い.ショウは,そう思って,そう声を出しつつ,出された剣を剣で薙ぎ払う.
二人はしばらくの間,勝負を続けた.
ガンッ!というにぶい音がして,片方の剣がはじかれた.
「俺の負けだ」
ショウの言葉を聞いて,少女は微笑んだ.
「あなた,強いわね」
そう言って,はじいた剣を拾うと,自分に返してくれた.
「私は,ナミカ・フィオール・ラズロック.この国の第二王女です.あなたは?」
少女は,丁寧に頭を下げてみせた.
「俺はショウ・カイル・ニューエント.まあ旅人ってことになるのかな」
そう,とナミカは言ってほほえんだ.いつのまにか傍らに,彼女とよく似たもう一人の少女が来ていた.
「はい,おしぼりどうぞ」
ナミカとショウに,おしぼりをくれる.
「あ,この子は妹のアミル.第三王女ね」
ナミカが,おしぼりで顔を拭ったあと,そう言った.
「傷,大丈夫ですか?」
アミルに心配そうに言われて,怪我をしていたことを思い出した.
「あ,そうだった.救護室へ行こう.何なら王宮の中でも案内しましょうか?」 ナミカは,そう言って,少しだけ意地悪く微笑んでみせた.
バグラス村で夜明けを迎えた一行は,少し早めの朝食をとっていた.
「あのさぁ,あたし思うんだけど」
アゲートが,持ってきたパンを食べながら口を開いた.
「たぶんさぁ,もう大人にはバレてると思うんだよね.村の中央掲示板にあんなはり紙してあったら,バレバレだって,少なくとも,うちのかーちゃん知ってるし」
そうなると,芋蔓式に村全体にバレるのも時間の問題だろ,とアゲートは続けた.
「・・・だろうな,たぶん」
アビーは,頷いた.
「じゃあ,わざわざ夜歩かなくてもいいってこと?」
リュアナが,少しだけ嬉しそうに言った.
「だと思うね,だから急がないでさ,楽しんで旅をしようぜ」
アゲートは,にっこりと微笑んだ.
「賛成!やっぱり,楽しい方がいいもんね.これで本当の冒険が始まるんだね!」
フォリア・スピキュールことフォルは,嬉しそうにそう言った後,すぐ横に腰掛けていたルゥナ・メイフィールドが,スケッチブックに何か書いているのに気付いた.
「明るいときに,歩いた方が危なくないから昼間に歩いた方がいいものね.だって,そうだよね,わざわざ夜歩かなくてもいいんだものね,リュアナちゃん」
ルゥナのスケッチブックの言葉を読んで,更にその隣にいたリュアナに話し掛けるフォル.微笑んで頷くリュアナ.
「そうよね,じゃあ朝ご飯食べおわって,少し休んだら歩き始める?お兄ちゃん」
話を振られて,アビーは頷いた.
「そうだな,そうするか.皆は,昨日たくさん歩いて疲れてないか?マリー,大丈夫そうか」
女の子の中では,一番年下のマリア・クラレンスに声をかけるアビー.
「うん,大丈夫だよ!」
元気に答えるマリー.
「シーンは・・・って,アレ?」
最年少である5才児のシーン・エランにも声をかけようとして,彼がいないことに気付くアビー.
「しんちゃんなら,さっき,そのへんで青虫ごっこしてたような・・・」
フローラ・イリーズが,そう言って後方を指差すが,そこに彼の姿はない.
「探そう」
アゲートが立ち上がって,皆が頷いた.
その頃,張本人のシーン・エランはバグラス村のとある場所にいた.
「おねぇさ〜ん」
青虫スタイルのまま,高速で十代の少女たちの群に向かって突進する姿は,異様この上ない光景だった.
「オラと鬼ごっこしなぁ〜い」
「あら,僕一人なの?お母さんは?」
そのうちの,一人の少女が心配そうに,声をかけてくれたのに気を良くして,しんちゃんは嬉しそうにへらへらする.
「ううん,お母さんは一緒じゃない」
えへえへ,と青虫スタイルで更に近付く彼をタックルする者がいた.
「てめぇ何やってんだよ!」
ピカピカである.いの一番に,かけ出した彼女はより早くシーン・エランを捕らえた.
「皆に心配かけやがって,軟派してるたぁいい度胸だ.根性叩き直してやろぉか?」
ゆらぁり,としんちゃんの襟に,ピカピカの鉄拳が忍びよる.
「あ,あの」
おずおずと話し掛けたのは,意外にも,タツキ・ガーネアことタキだった.
「見つかったんだから,いいんじゃない.許してあげようよ」
たどたどしい,いつもの話し方ではなかったが,態度はいつもの如くオロオロしていた.まあ,今回は違う意味でオロオロしているのだろうが(笑).
「ちっ,まあいいか.シーン,今度こういう事があったら,そのときは容赦しねぇぞ」
ピカピカに釘を刺されて,少しだけ顔を青くしていたシーン.
「あうぅ」
ポイ,と放り出されてまた青虫のまま,うねうねとのたうち回る.
「きゃっ」
どしん,とそこに来ていたリュアナに,ぶつかってしまったようだ.
「しんちゃんなの?大丈夫?」
ぶつかられたというのに,さほど怒る様子もなく,自分の心配を逆にしてくれているらしいリュアナに,シーンは,先程青くなったことも忘れて,へらへらする.どうやらリュアナも守備範囲らしい.
「リュアナぁ,ピカピカがいじめるのぉ」
すりすり,とすりよられても,さほど嫌がる様子はない.逆に,頭をよしよしと撫でてやるリュアナ.
「大丈夫?どこか痛いの,怪我してない?」
しゃがみこんで,シーンを確かめるようにするリュアナ. 「うん,大丈夫」
リュアナに抱きついて満足そうなシーン.後方で,めらめらと怒り心頭なピカピカが来ていることに気付いたシーンは,また顔を青くさせるのであった.
「二度はないって言ったよなぁ」
ピカピカは,口の端を少し上げると,にやりと不敵に笑った.合掌.
シーン・エランを捜し回ったおかげで,出発が少し遅れてしまった.
それでも,一行は冒険の始まりが楽しくて仕方ないのか,元気いっぱいだった.
先頭を歩くのがアビー・ウィート.その横に最年長のタキ.
その後ろがマリーとフローラ.更にその後ろが,フォルを挟んで,リュアナとルゥナ.
その後ろには,へらへらしたシーンと,彼のセーブ役になってしまったピカピカ.そして一番後ろが,副リーダーことアゲート.
やはり,最年少が5才児ということもあるので,かなりスローペースのようだった.
「あ,あの」
先頭を歩いているタキが,横のアビーに話し掛けた.
「ん?」
話し掛けられて横を向くアビー.
「昨日来てた,セルバの人は薬師なの?」
言われて,ああと頷く.
「ガナンのことか,そうだ.俺やリュアナの幼なじみなんだ」
ふうん,とタキが頷く.
「薬師になって,どれくらいたつのかなぁ」
そう言われて,顔をしかめるアビー.
「あいつセルバだからなぁ・・・そりゃ,五十年とか経つんじゃねぇか?」
う〜ん,と唸るアビー.
「植物専門なのかな」
タキは続ける.
「いや,違う.俺いつだか,風邪ひいたとき,何だかいう苦い薬を飲まされ・・・いや,治してくれたし」
ふうん,と興味深そうにタキは頷いた.
「そっか,タキも薬師なんだろ」
そう言われて,頷くタキ.
「あいつ今頃,どうしてるかなぁ」
アビーは,晴れた空を見上げて呟いた.
鼻歌混じりに,楽しそうに歩くフォルを挟んで,リュアナとルゥナも楽しそうだった. ルゥナは,あまり沢山のこどもたちに囲まれて過ごす機会が少なかった為,少しだけ気後れしてしまっていた.だが,フォルの持ち前の明るさで,リュアナを挟んで話し掛けてくれるため,かなり救われていた.
「そっかぁ,ルゥナちゃんて,絵を描くのが好きなんだね」
フォルが,うんうんと頷いた.
「あ,そうだ!フォル,いいこと思いついたよ!」
フォルが突然大きな声を出したので,リュアナとルゥナは何事かと思って,目をぱちくりさせた.
「休憩するじゃない,お昼とかにね.そのときに,ルゥナちゃんに,フォルとリュアナちゃんのことを描いてもらうの!」
リュアナが,うんうんとすごい勢いで頷いてみせた.
「うん,描いてくれたら嬉しいな」
即座にスケッチブックに返事を書く,ルゥナの顔も嬉しそうだ.
「いいよ,もちろん,よろこんで,だって」
リュアナとフォルは,顔を見合わせると嬉しそうに微笑んだ.三人は,更にウキウキした表情になると,少しだけ歩く速さが増したような気がした.まるで,羽根がはえたような気持ちだった.
お友達が増えるというのは,こんなにも楽しい気分だったのかと,三人はそれぞれに感じていた.
太陽が真上まで来た頃,皆は小川の傍で休憩することにした.
水を汲んで,まずアビーが飲んでみる.
「うん,美味しい.大丈夫だと思うぜ」
アビーが確かめた後,皆も一斉に小川へと駆け寄ると,水をひとくち,口に含んだ.
「ちょっと待ってねぇ」
竹製のコップを,カバンの奥から出して,ルゥナに手渡すと,ルゥナが小川から一口水をすくって,それをリュアナに手渡した.
「ありがとう」
リュアナは一口飲む.
「美味しい」
三人は,それぞれに水を飲んだ.
アビーは,持ってきた鍋に水を入れて,お湯を沸かしている.簡単な野菜スープを作るつもりなのだ.タキと,フローラもそれを手伝っている.
ルゥナとフォル,それにリュアナは野菜を小川で洗う係.
シーンは,ピカピカとアゲート,それにマリーたちと一緒にお皿を出したり,果物を剥いたりしている.
小一時間たつと,いい匂いがしてきた.
「いい匂いだぁ」
シーンが,その匂いにつられて,鍋の方へと近寄ってきた.
「もう出来上がりだからな,シーン.ちゃんと皿並べてあるか?」
アビーに言われて,うんと頷くシーン.
「大丈夫だぞ」
「よし,鍋移動するぞ!危ないから皆下がれよ」
アビーの言葉を聞いて,敷物の上に並べられたお皿の前から,全員一歩退く.
鍋を運ぶと,アビーは皿の一つずつに丁寧な手つきでスープを入れはじめた.
「よし,できたぞ」
鍋を横において蓋をする.
「おかわりは,早いもの勝ちだからな」
アビーが,にっこりと微笑んだ.
「いただきます,しよう」
アゲートが,皆にちゃんと周りを囲むように座ることを促す.
「いただきまーす!」
皆の,大きな声がひとつになって,昼ごはんが始まった.
「さっき,フェラナーナを越えたから,結構いいペースじゃないか?昼おわったら,あとはもう少しゆっくり歩こうぜ」
ピカピカが,横のアビーに提言した.
「だな,案外皆元気だからさ,前でわざと遅く歩くと追い越されるくらいの勢いだったからなあ」
アビーが頷く.
「昼からは少し,ゆっくり歩いても大丈夫だろう.絶対,昨日の疲れとか出るよ」
アゲートの言葉に,アビーとピカピカはうんうんと頷いた.
「あ,そうだ」
思い出したように,フローラが自分の持ってきたバスケットに手をかけた.何やらごそごそ取り出した様子だ.
「なぁに,どうしたの?」
横で同じように昼食をとっていたマリーが,興味深そうに,フローラの手に持っているものを覗き込む.
「クッキーの匂い!」
マリーの言葉に,フローラは微笑んで頷いてみせた.
「昨日の朝,出かけると思って焼いておいたのを,思い出したの」 みんなで,休憩のときにでも食べようね,とフローラは続けた.
「うん!楽しみ」
マリーとフローラは,お互いに顔を見合わせて,にこにこと微笑み合った.
「フローラ,木登りにに付き合ってよぉ」
マリーの突然の発言に,フローラは一瞬だけ目を点にしたが,微笑んで頷いた.
「いいよ,あんまり得意じゃないから,少しずつね」
マリーは,嬉しそうに頷いた.
「じゃぁ,行こ!」
二人は,お皿を片付けた後で,周辺の林の方へと歩いていった.
「あんまり離れるなよ!」
後方からのアビーの声に,は〜いと答えて駆け出した.
「ここに座ればいいの?」
「並んだ方がいいかなぁ」
リュアナとフォルも,とある大きな木の下へ来ていた.ルゥナに絵を描いてもらおうと約束したからだ.
二人の言葉に,うんうんと頷くルゥナ.
「ドキドキするねぇ」
フォルは,何だか嬉しそうだ.早速,ルゥナは座ると二人をコンテで描き始めた.
今日は,とてもいい天気だ.少しだけ風があるようで,二人が寄り掛かっている木の枝が,時々ざわざわと揺れる.それはまるで,木が自分たちに話し掛けているような感じでもあった.
昼下がり,こうして座っていると,本当に気持ちのいいものだ.
リュアナは,大きく息を吸い込んだ.
そのとき,胸元に入れておいた水晶玉のことをリュアナは,ふと思い出した.
「そうだわ」
これも一緒に,描いてもらおう.何となくそう思って,リュアナは,いつもの赤い布袋を取り出した.
「水晶玉だ!占いするの?」
フォルの言葉に,首を振るリュアナ.
「ううん,これも描いてもらおうと思って.ルゥナちゃん,構わない?」
ルゥナは,微笑んで頷く.
「いいって言ってるよ.これ,綺麗だもんね,すっごく・・・」
フォルが,水晶玉を覗き込むようにした.
「あれ?」
フォルの言葉に,リュアナとルゥナが反応する. 「どうしたの?」
リュアナはそう言って,膝の上に置いた水晶玉に,もう一度手を触れた.
「・・・何?」
フォルは,もう一度その水晶玉を覗き込んだ.透き通ったその奥に,何か黒いものが見えたからだ.どうやらそれは,少しずつ大きくなっているように見える.
「何かね,黒いものが見えるの.リナちゃん,これ,何か分かる?占いと関係あるのかなあ」
フォルの言葉を聞いて,リュアナは,きちんと座り直すと,両手でそっと,水晶玉に触れてみた.神経を集中させる.
しばらくの時間が過ぎた.
真っ黒い何かが見えたわけではないが,リュアナは,とても嫌な何かを感じ取った.
「何か,良くないことが起きる前触れかもしれないわ.大きな何かが・・・」
水晶玉は,みるみるうちに黒く濁りはじめたので,流石にフォルも少し恐くなった.何度もこうしてリュアナが占うのを見ているが,こんなふうになるのは,初めてのことだ.
「真っ黒いよ,リナちゃん」
ルゥナも,絵を描くのを中断させて,二人の方へと歩き始めた時だった.
「きゃあああ!」
急にリュアナが叫んで,水晶玉を膝から落とした.
「リナちゃん!どうしたの!?」
フォルも,歩いてきたルゥナも,不安そうに,リュアナを見つめていた.
「分からないの・・・すごく,大きな何かが私たちに,襲いかかってくるの」
リュアナは,震えていた.
「大丈夫?ルゥナちゃんも心配してるよ.アビーくん呼んできた方がいい?」
リュアナは,見えない目で,もう一度水晶玉を探した.
ルゥナが,水晶玉を拾って,リュアナに手渡す.
「ありがとう,大丈夫,今は何ともないわ」
いつのまにか,黒くはなくなっていた.元通りの,透き通った綺麗な水晶玉だ.
「でも,こんな事は初めてだから・・・恐くて.良くないことが起こるなんて,外れてくれればいいのに」
リュアナは,悲しそうに俯いた.
「絵の続き,描いてくれる?」
フォルは,あえてそう言った.ルゥナは,微笑んで頷いた.
「今度こそ,水晶玉描いてもらおう」
リュアナは,少しだけ顔を上げて,笑顔をみせた.
シュパイエルの首都,ラーゴにある王宮を見下ろす丘に,ガナンは一人で立っていた.
「じきに日が暮れますね」
太陽が大きく傾いている.夕焼けというにはまだ早い時刻だった.
彼は,一つの水晶玉を手にしていた.それは,リュアナの持っているものと寸分違わぬものだった.
「リナ,もうじき目覚めてもらうよ.あなたには,つらい運命になるかもしれないけどね.」
水晶玉を太陽にかざして,ガナンはそう呟いた.
物陰から,そのガナンを見つめている人物がいた.
ショウ・カイル・ニューエントだ.王宮へ潜入した直後,彼が城から出ていくのを見付けて,そっと後をつけていたのだ.
「それで,隠れているつもり?」
ガナンはそう言って,ショウの方を振り返ると,にっこりと微笑んだ.
「・・・バレてたのか」
そんな気はしたんだけどね,と言ってショウが木の後ろから出ていく.
「ずっと,僕を探してたみたいだけど,何か僕に用ですか?【闇律の貴公子】さん」
ガナンは,そう言って微笑んだ.
GP輝凛E1 第2回「光きらめく,その先に」終わり
GP輝凛E1 第3回へ続く
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