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GP琴凛E1 第3回 担当●河上裕マスター
「嵐の前」


 エリオット・ノイールはピューロ神に仕える巫女である.ビスティーノである彼女は,下半身が馬のような格好をしていた.その栗毛の美しい体に,同じ栗毛の髪が美しく映える少女.そういう印象だった.
 空中国シュパイエルへは,巫女として訪れていた.王家の客として招かれただけでなく大地の神ビバーチェを信仰するシュパイエルへは,巫女としての能力をも期待されて招かれていたのだ.
「それでは,六時にお伺いすればよろしいのですね」
 エリオット・ノイールは,そう復唱した.
「ええ,お願いします」
 アルコバーレの隊長である,ヴォラーレ・ウッチェロは頷いた.
「宜しければ,私の部屋へお寄りになりませんか?」
 第一王女である,エルファイル・メイアの申し出に,エリオットは微笑んで頷いた.
「喜んで,お伺いする」
 二人は,ヴィを残して大広間を後にした.


 エルファイル・メイアが通してくれた部屋は,ふんわりした温かい色調の,女の子らしい部屋だった.王女というよりは,少し裕福な家庭の女性という印象を受けないでもない彼女は,おおよそ王族であることを感じさせない女性だった
「こちらへ,どうぞ.今紅茶をおいれしますから」
 王女・エルに言われて,エリオットは頷いて,指し示された椅子に腰掛けた.
「王女」
 エリオットに声をかけられて,王女は紅茶を片手に振り返る.
「はい,何ですか?」
 エリオットはひとつ,咳払いをして,王女・エルを見つめる.
 ふわり,と彼女の周りを精霊が取り巻いているのが分かる.しかも王女はそのことに気付いていないようだった.
「差し出がましいようだが,ひとつお伺いしてもよろしいか?」
 王女・エルは紅茶をテーブルに置くと,エリオットと同じように,向かい側の椅子へ腰掛けた.
「何ですか」
 もう一度,エリオットは彼女のまわりをじっと【見る】.やはり彼女には,精霊が反応しているようだった.
「王女,貴女はどうやら気付かれていないようだが,私と同じ能力が備わっていると思われる」
 その言葉に,王女は不思議そうに首を傾けてみせた.
「おっしゃる意味が,よく分かりませんわ」
 目をぱちくりさせる王女.エリオットは,ひとつだけ大きくため息を吐くと,意識を集中させた.ゆっくりとその目を閉じて,目の前の女性へとその意識を注ぎ込む.
 自然と,その両腕が反応する.そして王女の周りに,キラキラした精霊が飛び回るのが見えた.
「私には,あなたの周りを飛び回る精霊たちが見える.あなたはやはり,巫女としての能力が備わっているようだ」
 そう言われて,ひと呼吸おいてから,王女は自分の手のひらを見るような仕草をする.それから,自分の体を立ち上がって見回す.
「・・・そうなんですか?私には,よく分からないんですが」
 エリオットは頷いた.自覚が無ければ,巫女として目覚めることも無いだろう・・・トーテムもシュパイエルには無いし,周りに能力者が少なければ,力に触れる機会も少ない.
「貴女は王女だ.巫女である前に,国務を優先させねばならないことが多いだろう.巫女としての力を,目覚めさせる必要性もないと私は思う.だが,私ならいつでもその手伝いができるということを,覚えておいてくれ」
 王女は微笑んで頷いた.
「ありがとうございます,エリオットさん.私にはよく分かりませんが,心しておきますね」
 でもその前に,紅茶が冷めますから,飲んでしまいませんか?と王女が言うと,エリオットはくすりと笑った.
「そうだな,もらおうか」
 嬉しそうに王女は頷くと,席を立った.それから二人はしばらく,お茶の時間を楽しんだ.


 ガナン・イルビアラという少年に会ってから少しの間,ショウ・カイル・ニューエントは考え込むことが多くなった.
 王宮で調べものをしているときも,食事中であっても,何やら空を睨んでいる.
 自分を覗き込む二人の王女に気付くのに,しばらくの時間を要した.
「・・・何を考え込んでいるんだ?」
「どうかなさいましたの」
 ナミカとアミルの二人が交互にそういうのを聞いて,ショウは穏やかに微笑んだ.
「いえ,中々にして興味深いと思っていただけですよ」
 書物を指し示して,そう言うショウを,尚もいぶかしげに眺める二人.
「あ,そうでした」
 さも,今思いだしたようにショウが言う.
「お二人は,お料理なんかは得意ですか?」
 アミルは嬉しそうに,ナミカはうげっという顔をする.
「そういうの,嫌い」
「そこにあるスコーンも私が焼いたものなんですよ」
 うふふ,と嬉しそうにアミルが言う.そんな王女をまじまじと見つめるショウ.
「・・・アミル王女,最近ケーキを焼いたことは」
 ショウに言われて,目をぱちくりとさせるアミル.
「そうですわね,確か晩餐会のときにお手伝いしましたけど・・・私一人で焼いたわけではありませんけど」
 ショウは,ほんの数日前にケーキを焼いたというアミルを,さらにまじまじと見つめている.
「・・・やっぱりおかしい」
「おかしいですわ」
 二人は交互にそう言って,やはりいぶかしげにショウを眺め続けるのであった.


 シュパイエル王宮は,シュトゥットガルドからの大使謁見以来,いつもに増して来客が多くなっていた.
 まず最初は,ニハーヴァントの国王.国王同士の謁見というのは,そう珍しくはないものの,このシュパイエルにわざわざ来るような王族は,今まで数少ないものだった.
 こちらからも,何度か大使などを通してご挨拶程度の書状を交わしてはいても,実際に行き来するということは,無きに等しいものであった.
 そのため,当日は国民を挙げてのお祭騒ぎになってしまった.
「申し訳ないですね,騒がしくて」
 ラーゴ王こと,ファルイルーズ・ラズロックは苦笑しつつ,横に座るニハーヴァント王に話し掛けた.
 昼過ぎに着いた彼らを,お茶会という形でもてなしたラーゴ王たちは,何気ない会話を楽しんでいた.
「いえ,気を使っていただかずとも構いませんよ.賑やかなのは,嫌いではありませんからね」
 ニハーヴァント王は,穏やかにそう応えると微笑んだ.
 和やかな雰囲気で,お茶会は進められていた.
 この日の夕方には,騎士団長たちも含めた晩餐会が催されることになっており,彼らはシュパイエルに泊まる予定になっていた.


 晩餐会も滞りなく終了して,もう就寝という頃合いだった.


 北の高台で見張りをしていた,衛兵の一人が,そのふもとで轟音が響いて,何かが爆発するのを聞いて,すぐさまその方向へ目を見やる.
 何やら少し光が見えてから,煙が上がるのが確認できた.敵襲であることも予想されるため,兵士は顔色を変える.
 本来なら,兵士全員に非常呼集をかけるところなのだが,今回は大事にはできない.王宮の中には,ニハーヴァント王がいるのだ.
 衛兵は,慌てて下に備えていたもう一人の兵士に声を掛ける.
「おい,ヴィ隊長を起こしてこい」
 どうやら,その衛兵はヴォラーレ・ウッチェロ隊長直属の部下らしい.兵士は頷くと,すぐさま駆け出した.


 兵士の何人かは,その騒動に気付いていたのだが,辺りの静寂を破る者はいない.目を覚ましている兵士同士で,こっそり耳打ちする程度だ.
 王族たちを起こさぬよう,それぞれ担当の持ち場にすみやかにつく.それは,訓練された動きだった.


「っつうぅ.もっとお手柔らかにお願いしたいもんだ」
 頭を抱えるようにして,青年は立ち上がると周りを見渡す.そして,自分の目を疑う光景に遭遇する.そして,隣にいる赤い髪をした女性を助け起こした.
「大丈夫か?」
「はい,特に異常はありません」
 女性はそう言って微笑んだ.
「って,何だここは?フランスの古城か?」
 目の前に広がるのは,中世のような雰囲気のお城だった.自分たちが位置する場所は,その一角.
「ティンヴァ,現在地を教えろ」
 そう言われて,もう一人いる女性が頷くと辺りをゆっくりと見渡してから,その動きを止める.何やら妙な音が,彼女から聞こえているようだ.
「・・・・・・わかりません」
 女性は軽く,頭を振った.
「ここはフランスではないことは確かです.私の持つどのデータにも,該当項目がありませんでした.それに,衛星からのナビゲーションシステムとの交信不能により,ここがどこなのかは,お答えいたしかねますわ」
 ティンヴァの言葉に青年は顔をしかめる.
「どうなっているんだ・・・」
 溜め息混じりに,青年は自分についた,僅かな砂埃を叩きながらぼやいた.
「お話を,お伺いしましょうか」
 青年の後方に,いつのまにか少し自分たちより若そうな青年が立っていた.
 気配もなく背後に忍び寄った青年に,少し驚いて目を見張る.
「私はヴォラーレ・ウッチェロと申します.このシュパイエル王国で,隊長職を務めています.あなた方は?」
 丁寧な物腰に,少しホッとしてみせる青年とティンヴァ.
「俺はエ・ディット.こいつは,ティンヴァだ」
 女性を指差して,そう言うとティンヴァは丁寧に頭を下げた.
「エ・ディットさんに,ティンヴァさん,ですね.お二人はどういったご用件でこのシュパイエルへおいでになったんですか」
 ヴィの態度は,あくまでも紳士的である.それに気付いた二人も,同じように平静に話をしていた.
「ああ,いや,用件というより,おそらく・・・・・・俺等は迷ったようだ」
 苦笑してみせるエ・ディット.それに対して,少しだけ,考え込むような様子を見せるヴィ.
「それにしても,ここをこのように破壊したというのに,無傷とは,かなり幸運だったようですね」
 ヴィに言われて,自分たちがこの王宮の一部を破壊したらしいことを理解した.エ・ディット.
「そのようだ.・・・・・・申し訳ない.悪気はなかったんだ」
 どうすればいいだろう,と少し大げさに身振り手振りをするエ・ディット.
「いや,それには及びませんよ.そちらに敵意が無いことが分かりましたからね.今,この王宮にはとても大切なお客さまがおいでなのです.それで少し,いつもより大げさな警備をしているのですよ.来客とあらば,歓迎いたしますので,ご心配なく」
 客間を準備させますから,しばらくお待ち下さいと言い残して,ヴィは早々に立ち去って行った.
 かなり手慣れている様子だった.
「この世界で暫く世話になりそうだ,ティンヴァ」
 エ・ディットはため息混じりに呟くと,もう一度辺りを見渡した.
「ここにいると,風邪をひきますから,どうぞ中へ」
 兵士の一人が,そう話し掛けてきた.二人は頷くと,城の中へと入っていく.
 歩きながら,これから色々と大変なことになりそうだと,エ・ディットは思っていた.


GP琴凛E1 第3回「嵐の前」終わり

GP琴羽/輝凛E1 第4回へ続く

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