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GP輝凛E1 第5回 担当●河上裕マスター
「憎しみも慈しみも君のその目で」


 もう,何年も前だったよな.おまえはまだ赤ん坊で,俺は一人淋しくて.
 俺の心に温かい場所を作ってくれたのは,間違いなくおまえなんだぜ,リュアナ.
 おまえは憶えているのか?初めて会ったときに満面の笑みをくれたことを.
 ガナンが言ってた,全てをなげうってでも守りたいものがあるのなら.迷いなく,全てを捨てて,僕はその守りたいものをとるでしょうねって・・・・・・.
 俺は.俺だって,おまえだけは失いたくはないんだよ.


「妹がそんなに大事ですか,アビー」
 声をかけられて,目が覚める.柔らかな布団の上からゆっくりと起き上がる.
「ガナン,ここは?」
 確か,お前と道端で再会して抱き合って,それで・・・.
 そこまで考えて,ハッとした.
「リュアナは?」
「もうすぐここへ来ますよ,ご心配なく」
 ガナンは微笑んだ.
「その人は?」
 脇に立つ,こちらに背を向けたままのプラネタ親父を指差す.
「この人は,アルベルトさんです.僕の仕事仲間,といったところですね」
 そいつは振り返りもしないし,声ひとつたてやしない.
 俺はもう一度ガナンに視線を戻した.
「で?俺の仕事は何なんだよ」
 ガナンは黙って,どこかを指差した.この部屋の壁の向こう側.
「・・・・・・ここって何処なんだ?」
「光の山ですよ,アビー」
 ふうん,と俺は頷いた.
「で,その指差した方向に行けってコトか」
 ガナンは頷いた.
「僕やアルベルトさんと,これからリナも来ますから,彼女たちとも一緒にね」
 俺はじっとガナンを見る.
「何故妹たちも一緒なんだ?」
「大勢の方が楽しいでしょう」
 ガナンの表情は,到底読めるものではない.ただ単に俺が鈍いだけなのかもしれないけど.それでも何か,不自然だ.
「止めてくれっての」
 どういう意味なんだよ,と続けようとした.ガナンは唇に人差し指をあてて,黙るようにという仕草をしてみせた.


 アビーは,ガナンと共に首都の街・ラーゴへと足を運んでいた.
 否,正確には飛んできたのだ.ガナンにただ話を聞こうと思っていたアビーの腕を掴むと次の瞬間には,アビーとガナンはラーゴのすぐ傍に立っていた.
「何が,どうなってんだよ」
 前を黙って歩いていくガナンの背にアビーは問い掛ける.答えはない.
「俺をつれてきたのも,その力でなんだろ.リナの力を封印したのも,その力で」
 ガナンはゆっくりと立ち止まり,振り返ると微笑む.
「お話は,後にしてください.街中では目立ちますからね」
 そう言われて辺りを見回す.その視線の先に,王城の兵士らしい一行が目に映る.こちらを指差して,何やら話をしているようだ.
「・・・あいつら,妙だぜ」
 直感的に悟ったのか,アビーが言う.
「ええ,知っています.僕を捕まえて殺すなり何なりしようと思っているんでしょうね」
 ふふふ,と面白そうにガナンは笑った.
「何が可笑しいんだお前は!」
 思わず大きな声になるアビー.彼ら目掛けて,兵士たち数名は全速力で向かってきた.
「うわ,ヤバイ」
「アビーが大声をあげるからですよ」
 再び,アビーの手をとって,今度は走りだすガナン.運動は苦手だったはずなのに,この街を熟知しているかの如くアビーを先導してうまく路地裏で曲がる.
「静かにしてくださいね」
 ガナンの言葉に,無言で頷くアビー.兵士たちは,そのまま向こう側の大通りを突き抜けて駆けてゆく.
「・・・行ったようですね」
 ふう,とガナンは息を大きく吐いた.
「お前はいつも,俺に何も話さないんだな.俺じゃ何もできないって分かってるけど,話くらい聞かせてくれてもいいんじゃねぇの」
 アビーはじっとガナンを見つめた.押さえ込まれた腕と腕が,重なる.
「あなたが全てを知ったとき,たぶん僕はもうこの世にはいないでしょうね」
 耳元で,囁く.
「何だよそれ・・・ガナン,お前は何をしようとしてるんだ?」
 起き上がろうと,その抑え付けられた腕をどうにかしようと,その身を捩るがどうにも動きそうにない.ガナンはこんなに力が強いヤツだったのか,とアビーは思う.
「だからアビーは,本当に守りたいもののために,全てをかけてください.僕のことは,二の次でいいんですよ」
 ガナンは,アビーからゆっくりと体を離した.彼は微笑んでいるように見えた.
「・・・リナもガナンも,皆のことも守る.そして俺も死なない!」
 アビーは,立ち上がるガナンを見上げた.
「強いですね,アビーは.僕にはもう,そんな力は残ってはいないんですよ」
 そう言って,その左手の光を見せた.赤黒い何かの痣.以前にも何度か見かけたことのあるそれは,より一層赤い色を増しているように思えた.
「その痣が,ガナンを苦しめてるのか」
 アビーの言葉に,ガナンはにこりと微笑んだ.何もそれ以上は話さずに,城の方向を見上げてガナンは行きましょう,じきに日が暮れてしまいますから,と付け足した.二人は城へと歩き出した.


 目の前に王女が居るのは分かっている.それでも今は,引かねばならない.
 エリオット・ノイールは悔しくて歯軋りしていた.
「今は休まないと駄目だ.戦いは,戦いのプロに任せよう」
 横を歩くショウ・カイル・ニューエントは,エリオットの方を見ずにそう言った.
 二人は城へと帰還した.


 城へ帰還した二人は,騎士団の連中たちに事情を一通り説明した.
 とりあえず二人は,来賓用客室に通されてそこで休憩することになった.正面入り口に近いほうにエリオット,その隣にショウ.二人は軽い食事をとった後でそれぞれの部屋に入った.
 とにかく一晩中ほぼ眠っていなかったため,二人はしばらく眠ることにしたのだ.


 何かの物音と,気配でショウは目覚めた.辺りの雰囲気を掴もうと見回しながら,そっと剣を装備する.この気配は以前にも味わったことのある気配だ.
 静かに扉の前に立ち,開けると,やはりそこには見たことのある人物がいた.
「今日はお願いがあって,来たんです.お時間よろしいですか?」
 ガナンはそう言って微笑んだ.傍らには,見たことのないプラネタの少年が立っている.ショウに対してではなく,ガナンをかなりの勢いで睨み付けているところからして,仲が良いようには見受けられない.
「・・・どうぞ」
 ショウは警戒しながらも,部屋へと二人を招き入れた.
 三人分のお茶を入れて,ショウも同じように腰掛けた.
「それで?」
 ショウは,じっとガナンを見た.王女をさらい,今度は何をしようというのだろうか.
「僕たちは,あと少ししたらこの城を制圧します」
 さらり,と言ってのけるガナンの言葉に,ショウとプラネタの少年はお茶を思い切り吹き出した.
「ガナン,何考えてんだよっ!」
「何をするつもりなんだ?」
 二人が大声を挙げたためか,隣の部屋で気配がした.どうやら,エリオットも起きたようだ.
「静かにお願いします.ことを荒立てたいわけではないんです.僕もできることなら,これ以上の犠牲者は出したくはないんです」
 ガナンの目は真剣だった.どうやら,騙すつもりで言っているのではない.
「・・・それで,俺に何をしろって言うんだよ」
 ショウはひとつ咳払いをして,ガナンの返事を待った.
「ショウさんは王族の方たちと面識があるでしょう.だから,逆らわないで大人しくしてほしいとお願いしてほしいんです.僕も別に皆さんを傷つけるつもりはありません.僕たちが必要なのは,このお城と王女の力だけです」
 王女と聞いて,ショウはハッとした.
「エル王女をどうするつもりなんだ?」
 ショウの言葉と同時に,バタンと扉が開いた.エリオットだ.
「ガナン,という少年・・・だろう.何をお茶など」
 声を大きくしようとしたエリオットを,プラネタの少年は口元に手をあてて,静かにしてくれという仕草をする.
 仕方なくエリオットも三人の方へ近付いてきた.扉を閉める.
「エル王女は,明後日にはお返しします.ただ協力を必要としますから,この城にいても僕たちと行動を共にしてもらいます.命の危険はありません.僕が保証 します」
 しばらくの沈黙.ガナンの言葉を信用していいのかどうか,迷う.
「僕を信じるかどうかは,お二人にお任せします.僕は僕の仕事がありますから」
 ガナンは,一方的に話してさっさと席を立つ.
「ラーゴ王を少し,使わせていただきますからね.シュパイエルの皆さんを傷つけないためには,王の言葉が必要ですから」
 ガナンはにっこりと笑った.
「アビーをお預かりいただいても,よろしいですか?一日したら戻ります,ここが一番安全そうですからね」
 有無を言わさない様子.三人は怪訝そうな顔をしたままで,出ていくガナンを見送る.
「あいつ・・・何考えてるんだっ」
 アビーと呼ばれた,プラネタの少年は悔しそうにその出ていった扉を睨み付けた.
「アビー,だったか?」
 ショウは声をかけた.
「ガナンのことを詳しく教えてくれ.一日あるんだから,時間はたっぷりあるだろ」
 ショウに言われて,戸惑ったような表情をアビーは見せた.
「王女を助けたいんだ.協力してくれ」
 エリオットも続ける.
「分かったよ・・・俺も調べたいことがあるし,交換条件でいいなら」
 三人はお互いに頷いた.


 まあ,当たり前の話だけど.俺が生まれてしばらくして,物心ついたときすでにあいつは,あの姿だったんだ.いつも穏やかで,温厚で大人で・・・.
 アビーはそこまで話して,悲しそうに俯く.
「どうした?」
 ショウが心配そうに,アビーを見る.
「それは表面的なことだったなって思ったら,俺結局あいつのこと何も知らないんだよなって思う.でもたぶん,俺だけがあいつを止められるんだと思ってる」
 アビーは続けた.
「俺には妹が居るんだ,五つ下になるんだけどさ.血は繋がってないんだ.俺が,ガナンの木の下で拾ったんだ」
 ショウとエリオットは顔を見合わせた.
「ガナンの木?」
「そう・・・俺はそう呼んでた.あいつの両親は,もう随分と前に木になってたから.そしてあいつは,約束をした.その命をかけて」
 命をかけた約束.ショウにもエリオットにもそれが何のことなのかは分からなかった.
「その約束の相手は,この国の王なんだ.ガナンは約束を果たすために,王に会いにいったんだと思う.俺は約束の内容は知らないし,どんなふうに約束を果たすのかは分からない.でも俺はガナンを止めるために,ここまで来たんだよ」
 アビーは顔をあげて,二人を交互に見た.
「この城の中にある,秘密の部屋とか,隠し扉とか・・・どこにあるか,しらないか?」
 二人は顔を見合わせた.二人ともこの国の人間ではない上,城へ来てからの時間も短い.詳しいわけはなかった.
「いや,分からない」
「でももしかすると,知ってる人は紹介できるかもしれないな」
 エリオットとショウが言った.
「王女に話をしてみよう」
 ショウは,立ち上がりながらそう言った.


 三人は,第二王女と第三王女がいるであろう,お茶会の部屋と呼ばれる居間のの扉の前に立っていた.
「失礼します」
 ノックするショウ.中から,は〜いという元気のある声が聞こえる.今のはどうやら,アミルの声だ.
「お邪魔するよ」
 ショウが先頭で,その次にエリオット,最後にアビーの順で部屋へと入る.
「いらっしゃい.丁度マフィンが焼けたところですから,今お茶をいれますわ.そこに腰掛けてくださる?」
 アミルがウキウキした声でそう言って立ち上がる.三人は促されて,腰掛ける.
「そっちの少年は,見ない顔だな.新入りの見習い兵士か何かか?」
 ナミカにじっと見つめられて,慣れない雰囲気にダラダラと脂汗を流すアビー.
「違いますよ,ナミカ様.この子はちょっとワケありでね」
 ショウの言葉に,アミルとナミカがびくりと反応する.
「ふふふ,もしかして何か面白いお話ですのね」
 アミルはかなり嬉しそうだ.丁寧にお茶をいれた後,腰掛けてじっとアビーを見る.
「それでお前,名前は?」
 ナミカに言われて,アビーは口を開く.
「アビー.アビー・ウィート」
 ふうん,とナミカが興味なさそうに呟く.
「それで?そのアビー君が何のネタを持ってきてくれたんですか」
 アミルはかなり嬉しそうだ.
「あ,あの・・・このお城にある,隠し部屋とか隠し扉のある場所を教えてほしいんだ」
 思わぬ言葉だったのか,アミルとナミカは思わず顔を見合わせた.
「もしかしてあなたも,ガナンの関係者とか言います?」
 怪訝そうに言うアミル.
「ガナンは幼なじみだ」
 即答するアビー.ナミカはそれを聞いて,腰にある剣をスラリと抜いた.
「それなら話は早い.お前から,姉様を返せと進言してくれればいいんだ」
 ナミカは,その剣先をアビーの首筋にぴたりと当てた.
「・・・俺を殺したいなら,殺せばいい.でも王女は帰ってこないし,俺じゃ王女を返すほどの効果はあがらない」
 剣を当てられても,眉ひとつ動かさずに,真っすぐアビーはナミカを見た.
「気に入った.いいだろ,案内してやる」
 ナミカは剣をとっととしまい,面白そうにニヤリと笑った.
「ありがとう」
 アビーは嬉しそうに笑った.
「紅茶が冷めますわ.マフィンも・・・お召し上がりになりません?」
 アミルに言われて,ナミカが食う,食う!と主張する.五人はしばらく,お茶の時間を楽しんだ.


「この祭壇の奥に,隠し扉があるんだよな」
 ナミカが先頭に立って,地下二階に来ていた.壁をピタピタと辿っていくナミ.
「あ,これッポイ」
 そう言って,ナミカはひとつの煉瓦をゆっくりと動かした.低い地鳴りのような音と共に,目の前の壁が動いていく.
「さ,行くぞ」
 ナミカが先頭で,表れた壁の向こうの階段をさっさと降り始める.
 五人は,地下の部屋へと降り立った.少しだけ光とりのための小さな窓があるだけで,昼間だというのに薄暗い.
「ちょっと,皆は下がっていてくれるか?」
 地面を這いつくばるようにして,何やらしていたアビーが突然そう言った.
「何かするのか?」
「いいから,下がっててくれ.危ないかもしれないから,王女たちを頼む」
 ショウは,振り向かずに言葉を投げ掛けるアビーに頷いた.王女二人とエリオットを背にして,四人は壁ぎわへと下がる.
「理の力ってヤツの呪文を詠唱してくれるか?王女」
 立ち上がって,アビーはそう二人に向かってそう言う.二人の王女は顔を見合わせて頷く.
「じゃ,私が」
 アミルが一歩前に進み出た.
「アミル・フィオールの名において命ずる.この世の理の力すべてをかけて,この者に対する全てに奇跡と加護を与えん」
 アミルのあげた左手が薄く光を放ち,地面にある紋章のようなものも,同じように光る.それはアビーを柔らかく包み込んだ.


そして,閃光があたりを支配する.


 しばらくして,恐る恐る目を開けるショウ.アビーが中央に立っているのが見える.
「ありがとう」
 アビーは,振り返って二人の王女にそう告げた.
「王女にも,その呪文を伝えたいんだけど,彼女は知っているかな?」
 そう言われて,アミルは苦笑いする.
「そうですわね,多分知ってはいるんでしょうけど,間違える可能性の方が高いですわ」
 待っていてください,と王女はごそごそとポケットを探る.そして一枚の紙を取り出すとさらさらと何やら書き付けた.
「これでよろしいですわ.姉を・・・王女をよろしくお願いしますね」
 アミルは,アビーの手にそれを握らせると微笑んだ.
「もしかすると,俺の他にも助けを求める連中がこの城に来るかもしれない.良ければ,その人たちにも加護ってヤツをしてあげてほしいんだ」
 アミルは頷いた.
「ありがとう.必ず,王女は無事に返すからな,約束するよ」
 ショウとエリオットはその様子を,黙って見つめていた.


 こちら,ご近所冒険隊(のはずだった)一行.夜が明けたと同時に,沼を越えることを計画していた.
 タツキ・ガーネアの提案で,順番を決めて渡ることになった.
「じゃあ,一番はさっきのクジで決めたから,シーン・・・って,あれ?」
 タキが振り返って,辺りを見渡すが,彼の姿が見当たらない.
 はあ,とため息をつくタキ.
「じゃあ,悪いけどピカピカ先に渡って,あそこの木にロープを結んでくれる?」
 ピカピカは頷いた.
「おし,行ってくるぜ」
 力強く握り拳をつくって,沼を渡っていく.底なしと言われてはいるが,ピカピカの膝あたりまでしか無いようだ.まあ,浅いところを選んだというのも理由なのだが.
「よし,いいぞ!オレは先に行って,ロープをもっと結んで結んでくるからな」
 ピカピカはそう叫ぶと,更に向こう岸を目指して一人,歩き始めた.かなり順調な滑り出しだ.
「じゃあフォルとルゥナ,行ってくれる?」
 タキに言われて,フォリア・スピキュールとルゥナ・メイフィールドは力強く頷いた.二人は顔をお互いに見合わせて,頑張ろうねとフォルが言うと,ルゥナも力強く頷いた.そして後ろに残るリュアナを見る.
「リナ,先に行くね.向こうで待ってるからね」
 フォルに声をかけられて,リュアナは頷いて微笑んだ.
「うん,頑張って!」
 リュアナの胸には,小さなペンダントがかけられていた.フォルが一番最初に作ったものだ.そのペンダントは,もうひとつ小さな鳥があった.少し形は悪いが,ルゥナが一生懸命作ってくれたものだ.
 彼女はそのせいで,手に怪我を負っているのだが,少しそのせいで不安そうな様子であることを,リュアナとフォルは感じていた.だからこそ,彼女が心配だった.元気なフリをしていても,やはり彫刻刀で切った傷は,そんなに簡単に治るものではない.たとえ彼女がデューベイだとしても.
 そこまで考えて,リュアナはあっと小さく声をたてた.
「どうしたんだよ」
 次の番であるアゲート・シャイニィあが,それに気付いて声をかける.
「ルゥナちゃん,声が出なくなったのって,怪我に関係あるのかなと思ったの.すごく落ち込んでるでしょう」
 心配そうな眼差しを,アゲートに向ける.
「そっか・・・そうかもな.でも,今は目の前のことからだ」
 アゲートは,マリア・クラレンスとフローラ・イリーズを手招きした.
「頑張っていこうぜ.きっと大丈夫だから,自信持って行こう」
 アゲートの言葉に,マリーとフローラは頷いた.
 フローラの首には花の形のペンダントが,そしてマリーの首にはりんごの形をした可愛いペンダントが掛けられていた.両方,いうまでもなくフォルが作ったものだ.
「そっか,それで昨日ヤケに眠そうだったわけだ」
 少しまだ,フラフラしながら沼を渡るフォルを遠目に見ながら,アゲートは苦笑いしていた.アゲートの首には,太陽のペンダントがかけられている.これらを一人ずつに作成していたから,昨日フォルは半分徹夜だったに違いない,とアゲートは納得していた.
「フォルも頑張り屋だからね」
 そう言うタキの首には,馬のペンダントがかけられている.
 ちなみにルゥナは蝶々で,フォルは羽根のペンダントだった.
 先頭で張り切って渡ったピカピカは,彼女の職業からか,貝殻のペンダントだった.
「ところで,ちょっとシーン探してくるからさ,マリーとフローラが無事渡るかどうか,アゲート見ていてくれるかい?」
 苦笑いするタキに,アゲートは,あいつは懲りないな,と呟いて頷いた.


 シーン・エランは何故かいつのまにか,向こう側に渡っていた.先頭で張り切って沼を渡ってきたピカピカが,やっとの思いで向こう岸に辿り着いたとき,その手をとるシーン・・・らしき人影がいた.どこから出したのか,真っ赤なマントを羽織っている.
「おっじょーさん!オラが来たからには,もう大丈夫!」
 高笑いするシーン・・・らしい輩に,ピカピカは死ぬほど驚いた(笑).
「シーン!何でお前ここにいるんだよ,どこから来たんだ」
 ピカピカが膝まで泥まみれなのに対して,シーン・エランはどこも汚れていない.どう見ても沼を渡った様子はない.
「どこからって,向こうの林をぐるっと回ってきたんだよ,おじょぉさんっ」
 ピカピカは怒り心頭という感じで,その拳をワナワナと震わせる.
「いい度胸してんじゃねぇかシーン,一度ならず二度三度と繰り返しやがってぇ〜!」
 仁王立ちしたピカピカは,オラはシーンじゃない,正義の味方だもんという言い訳を無視して思い切り叩きのめしたことは,書き記すまでもないので省略.


「それで?」
 苦笑いするタキ.
「だから,オレたちが通ってきた街あるだろ?何とかいう食堂でメシ食わせてもらったじゃねぇか.あの姉ちゃんが,道を教えてくれたんだとさ」
 ピカピカは,ぐるぐる巻きにしたシーンを背負い歩く.その頭はボコボコである(お約束ですね).
「何だ,じゃあ沼を渡らなくても良かったんでしょう〜」
 はあ,とため息をついてマリーが言う.
「まあ仕方ないだろ,皆無事なんだし,先を急ごうぜ」
 アゲートが,まあまあと言いつつ,皆をなだめる.
「そうだよ,早く行かないと周りが暗くなっちゃうよ!」
 フォルも,うんうんと頷いて続ける.皆はお互いに顔を見合わせて,光の山を目指すことに決めた.


 夕方,少しずつ日が陰ってきたので,手荷物にあるランプに火を灯す.ひとつは,先頭のピカピカが持ち,もうひとつは最後尾のタキが持つ.残りのひとつは,真ん中あたりを歩くアゲートが持つことになった.
「今ガシャンって音がしなかったか」
 先頭のピカピカが,そう呟いて全員を振り返った.
「シーンに確か,道を教えてくれたお姉さんががいたんだよね」
 後方のタキがそう話す.皆は顔を見合わせてから,そのまま洞窟のある方向へと進んでいく.
「あれぇ,もしかして・・・」
 聞き覚えのある声.
「お姉さんだ!」
 シーン・エランが嬉しそうに顔を赤くして叫ぶ.
「また会えましたね」
 タキが,にっこりと微笑む.ほぼ全員が彼女の周りを取り巻いていた.
「こんなところで何してるんだよ」
 ピカピカが言う.
「今からアルベルトさんを探すんですよぉ.私のお友達の皆さんもぉ,行ってるはずですぅ」
 ミラ・ホワイトの言葉に,一同はふぅんと頷いた.
「じゃあ一緒に行こうぜ!」
 アゲートが言って,皆は頷いた.


 洞窟の前に辿り着くと,タキが先頭まで歩いていき,まずランプを脇に居たフローラに手渡してから,胸元からペンダントを取り出した.
「お願いだから,俺たちをガナンやアビーのところまで,無事に届けてください」
 それは全員の,心からの願いだった.ペンダントは薄く光を放つ.
「あっ」
 リュアナが小さな叫びをあげたので,ピカピカが慌てて傍へ行く.
 リナは荷物の中から,水晶玉をそっと取り出した.ペンダントと同じように光を放っているようだ.
「この先に,お兄ちゃんとガナンさんがいるわ.とても大きな部屋に,ガナンさんと大人の人がいるわ.お兄ちゃんは・・・誰か知らない,大人のお兄さんと二人.綺麗な女の人と話をしているところよ」
 水晶玉を見つめたまま,リュアナは言う.どうやら予知の力が強まっているようだ.
「もしかして,ガナンさんと一緒にいるのって体格のいいプラネタのおじさんですかぁ」
 ミラの言葉に,リナは頷く.
「ええ,そうです.何か話をしています」
 リナは水晶玉から目を離して,これから向かう洞窟の奥を真っすぐに見つめた.
「私はこの奥で,この女性と話をしなくてはいけないわ.そしてこの人と協力して,私は鍵になって扉を開けるわ」
 リナは真っすぐに,そちらを指差した.まるでそれが運命だとでも言うように.
「それ以上進まない方がいい」
 聞き慣れた声が,すぐ後ろでした.全員は驚き,その声の主を振り返る.
「何でだよ!お前はいつもいつも,そうして出てきてオレたちの前に立って,わけの分からない理屈でオレたちを拘束するんだ.絶対,お前のいうことなんか聞かないからな!」
 ピカピカは,そう叫んでビシッとガナンを指差して睨み付ける.
「それは困りますね」
 すっと,その手をガナンはピカピカへと差し向ける.その指先から,水が舞い踊るようにして全員を取り囲んだ.
「しばらく大人しくしてください.すぐ済みますから・・・何もかもね」
 ガナンは,笑った.
「駄目ですぅ!アビー君はどうなるんですか?大事なひとを守るために,そうやって暴力をふるっても,アビー君は喜ばないですぅ」
 ミラが叫んだとき,一瞬ガナンの瞳が揺らいだように見えた.
「ガナン,あなたは,何をしようとしているんだ.俺たちはこうやって,ここまで来たんだから全てを知る権利があるだろう?」
 タキが一気に言った.彼の持つペンダントにガナンは視線を送る.
「・・・返してもらいますよ.これは元々,僕のものだ」
 タキのところまでガナンは歩み寄り,その手からペンダントを奪い取る.
「僕のすることを知りたいなら,あなたたちも命をかける事になりますよ.まだ死にたくはないでしょう」
 全員,誰一人として動けなかった.
「アビーは,無事なのかよ.アビーに会わせろよ」
 アゲートが,叫ぶ.
「いいでしょう・・・僕と一緒に歩いてきてください.この洞窟には僕の術がかかっていますから,同じ道筋を歩かないと辿り着けませんから,気をつけてください」
 ガナンの言葉に,全員頷いた.そうするしか無かったからだ.
 全員で,洞窟の奥へと向かって歩く.誰も何ひとつとして話をしない.静かなままだ.


 フォリア・スピキュールは,これから起こるだろうことを色々と考えていた.連日連夜徹夜続きなのも手伝って,考えはうまくまとまらなかったが,しっかりと前を向いて歩いていく.


 ルゥナ・メイフィールドは,利き手を怪我したことを気にしていた.いつもより元気が無いことも,自覚していたのだが,スケッチブックでお話しすることができなくなった自分のことを考えると,先が憂鬱だった.せっかく皆と,仲良くなれたところなのに.


 アゲート・シャイニィは今の自分に何ができるんだろうと考えていた.
 自分はどうせ,皆の盾になるくらいしかできない.前を行くガナンに対して,魔法が使えるわけでもない.それでも自分は,捕らえられた大切な仲間,アビーを助けたかった.
 自分たちの手で.


 フローラ・イリーズは,分からないことが沢山あって,自分でもわけが分からなくなりつつあった.
 ガナンは何で,こんなことをするのだろうか.今まで知る彼は,優しくて大人でいつも微笑んでいるような人物だったのに.
 何が,こんなふうに彼を変えたのだろう.


 マリア・クラレンスは,この先にいるはずのアビーに,少しでも早く会いたかった.
 だからたぶん,他の誰よりも早足になっていたかもしれない.早く彼に会って,その無事を確かめたい.少しでも早く.


シーン・エランは,ヒーロー変身が今ひとつ不発に終わったので,少し不満顔だ.
 いつのまにか,ボコボコの頭は治ってはいたが,何より彼なりにリュアナやピカピカが浮き足立っていること,何やら不安に直面しているらしいことを感じていた.
 自分にも何か,できればいいのに.


 タツキ・ガーネアは怒っていた.眉間にはしわが寄っている.彼にしては,珍しいことだった.
 皆が不安な今だからこそ,冷静でいなければならないことは理解している.それでも,自分やリュアナを置いていったアビー,それに突然豹変して何やら,コトを起こそうとしているガナン.誰も核心について,自分たちに話そうとはしてくれなかった.
 皆仲間だと.信じているのに.


 リュアナ・ウィートは,タキに手を引かれたまま,ぼんやりと歩いていた.
 不思議なことに,その目には向こう側の景色が見えた.振り返ると,ぷりぷり怒っているピカピカが居る.自分の手を引くタキも,何故か怒っている.
 そして,この先に待つものは.不思議と今まで感じていた不安は,無かった.
 何をあんなに,恐がっていたのだろう.


 ピカピカは,目の前を歩くリュアナのことも,何もかも気に入らなかった.
 思い通りにコトが進まないとか,そんなことじゃない.一番大切なものを守りたいという気持ちは,誰より強くそこにあった.
 ただ,その目で見つめてほしかった.


 話し声が前方から聞こえてきた途端,全員が一斉に走り始めた.この声は,アビーだ.ガナンも何故か走っている.かなり早い.
「そこまで,ですよ」
 ガナンはそう言った.そして立ち止まって目の前のアビーを見る.
「アビー!」
 先頭のガナンを押し退ける形で,タキが叫んだ.
「アビー君?」
 ミラも,ぽつりと呟いた.この少年が噂に聞く少年なのだろうか.
「お兄ちゃんなの?」
 リュアナは,彼を求めてその手をまっすぐに伸ばす.
 少しびくり,と体を強ばらせてアビーは振り返る.マリーが駆け出して,彼に飛びついた.
 アビーは驚いた後,少し俯いてマリーの背を優しく抱き留めた.
「マリー・・・」
 そして,その顔をあげて皆を見る.
「皆,ごめん」
 苦笑いするその表情も懐かしい.大声をあげて,マリーが泣きだした.アビーはよしよしという感じで,その背を優しく撫でた.
「ごめんなマリー,心配かけて」
 その安心したような笑顔を見て,皆も少し安心する.
「本当だよアビー.皆,心配したんだからな」
 タキが怒ったように言って,彼をじっと睨み付ける.そしてアビーに近付いていき,タキはペンダントを手渡した.先程,ガナンにとられたはずのもの.いつのまにか,タキが再び取り返しておいたのだ.
「これは本当は,ガナンから貰ったんだ.だからこれは,返すよ」
 そう言ったアビーは,ペンダントをタキから受け取ると,もう片方の手を地面の方へと向けた.
 ガナンは,そのペンダントへと手を伸ばしていく.まるでその動きがスローモーションのように,リュアナとタキには見えた.
「マリー,下がって」
 タキがこっそり,マリーに言う.それを聞いたマリーが,アビーから離れて一歩後退した.何かが起こるかもしれない.
 ガナンがペンダントに手を触れた瞬間,そのペンダントがまたぼんやりと光を放つ.
「エルファイル・メイアの名において,命ずる」
 奥にいた女性が,口を開いた.
「この世の全ての理の力をかけて,この者に対する封印を斥けよ」
 アビーは,地面に向けていた左手を胸に,ペンダントを持つ右手でしっかりとガナンの左手を掴んで引き寄せた.
「さあ,来い!」
 そのペンダントから放たれる光は,やがて閃光となり,あたりを一瞬白くした.
 しばらくの沈黙.
「何が,どうなってんだよ」
 誰かの声がした.
「これで,いい・・・」
 ふらり,とアビーがそう呟いて倒れていくのが見えた.間一髪,デューベイの青年が受けとめた.
「何てことを,したんですか」
 ガナンが自分の左手を眺めて,アビーをまるで信じられない,という目で見つめる.そんなガナンを,してやったりという顔で見るアビー.そしてその左手の甲を,ガナンへと示す.
「これで,俺を巻き込まないワケにいかなくなったろ?リュアナのことも,ガナンも,そしてこの国も俺が守る」
 アビーの左手にあるのは,赤黒い何かの印のようだ.
「大丈夫かよ」
 デューベイの青年が心配そうに言う.
「何故ですか」
 ガナンは呆然としたまま呟いた.
「僕はあなたを守ってあげられないのに.何もしてあげられないのに,いつもあなたは真っすぐに見る」
 アビーを含めて,ガナンがこうして感情を見せるのは初めてのことだ.
「僕をいつも,戒めるかのように」
 その目を静かに伏せて,ガナンは呟く.
「デスラインは絶対です.あなたはあと数か月の命になりました」
 皆は思わず,アビーを見る.アビーがあと数か月の命?
「その封印は,必ず僕が外します.アビー,あなたにも僕の役目を担って貰います.王女,あなたもです」
 先程,何やら言葉を呟いていた女性を見てガナンは続ける.王女?
「一緒に王城へ来てください.いいですね」
 自分の左手をもう一度見たあと,ガナンはその場から歩き去っていく.全員少しも動けなかった.
「待ってくれ,ガナン」
 デューベイの青年が,彼を追いかけてこの部屋を出ていく.
 全員が動けなかった.しばらくの間,呆然とする.
「何がどうなってるのよっ」
 突然走り込んできたヴィータの少女が叫んだ.何と言っていいものか,タキは苦笑いしながら,アビーを助け起こす.
「オラ,腹減ったぞぉ〜」
 シーン・エランがそう言って,ぐうぐう鳴るお腹を抑えた.そういえば,もうそろそろ夕食の時間だ.
「良ければ,一緒に食べるかい?」
 セルバの女性が,そう言って微笑んだ.
「いいの?」
「やったぁ」
 フローラとマリーが,嬉しそうに顔を見合わせて笑った.
 皆は,少女たちの案内で台所らしいところへと歩いた.アビーも疲れてはいるようだが,歩くことはできそうな感じだ.


 大人数での楽しい食事というものを,皆は久しぶりに味わっていた.心の底からの楽しさではないにしても,久しぶりに全員が揃っての食事だ.嬉しさが少し,皆の中で広がっていた.
 長かった旅路も,あと少しでおしまいだ.皆はそれぞれの思いを胸に,その日の眠りについていく.

静かに,夜が更けていく.


GP輝凛E1 第5回「憎しみも慈しみも君のその目で」終わり

GP輝凛E1 第6回へ続く

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