GP輝凛E1 第7回 担当●河上裕マスター
「未来(あす)を見つけた」
心の底からの声は,神様ってヤツに届いているんだろうか.
ときどき,そんなことを考える.俺は今までずっと,自分の力なんて小さなもので,どんなに頑張っても空振りばかりで半ば,諦めかけていたんだ.
でも,今は違う.俺はもう一度自分を試そうと思ってる.
タキに言われたからなのか?
否,それだけじゃないはずだ.
俺はもう一度,自分の生まれてきたことの意味を求めて前向きになろうと思う.
妹のためだけじゃなく,自分という価値を確かめるために.
明日を見つけるために,もう一度前を向いて歩こう.
部屋へ戻る途中でマリア・クラレンスは,フォリア・スピキュールとタツキ・ガーネアが二人で連れ立って食堂の方へ向かうのを見つけて,そっと後をつけてみた.
「フォルは不安なんだね」
タキの声が聞こえたので,思わずささっと物陰に隠れるマリー.
「村から離れて随分とたつからね・・・あのね,フォル.俺だって全然平気なんかじゃないんだよ,本当のところはね.でも,逃げてたって大切なものは守れないんだよね.だから俺は,俺のできることを精一杯したいと思ってる」
マリーは,その言葉を聞いてハッとした.今自分にできること.守りたいもの.傍にいて,役に立ちたいと思ってる相手.
アビー・ウィートは,たぶんこのままじゃ死んでしまう.ガナンはそう言っていた.彼もアビー本人も,どうやらそれは理解しているようだけど,事態を変えようと思っているかどうかは,マリーには分からなかった.
だからこそ,自分が頑張らなくては.
マリーは自分で自分にそう言い聞かせると強く頷き,もときた道を戻り始めた.
フローラ・イリーズは,ふと部屋にマリーとフォルが帰ってきていないことに気付いて辺をもう一度キョロキョロと見回した.
荷物をまとめるのに,ルゥナ・メイフィールドも,アゲート・シャイニィも,ピカピカとリュアナも忙しそうだ.
「どうしよう・・・」
自分の荷物を強く握り締めて,少し不安そうにフローラは呟いた.
フローラは既に自分の荷物はまとめ終わっていたので,それを背負うと扉をくぐり,部屋の外の道をキョロキョロと見回す.どちらにも人の気配は無い.
もしかして,ガナンのいる部屋に?
ふと,フローラはそんな考えが頭をもたげて一路もときた部屋へと向かった.
集合はあの部屋なのだし,問題ないだろうとも考えて.
ルゥナ・メイフィールドは自分の荷物をまとめていたときに,ふと手の痛みが無いことに気付いた.手に巻き付けてある包帯を外してみる.そして確かめるように,その右手を振って,更に握ってみる.
・・・・・・痛くない.嬉しくなって,ルゥナはもう一度ひらひらと手を振る.
「治ったのね」
横からリュアナ・ウィートがそう言って,にこりと微笑んだ.
さらさらとルゥナは,いつものスケッチブックに書いていく.
「大丈夫だよ,ありがとう・・・うん,良かったね!これでまたお話できるね」
リュアナは嬉しそうに頷いた.二人は顔を見合わせてもう一度頷き,更に準備を進めることにした.
部屋に帰ってから,タツキ・ガーネアは自分の準備を始めた.シーン・エランは相変わらず妙な格好をして部屋中をゴロゴロしているし,アビーはマイペースに準備を進めていたし,何ら変わりはない風景だったけど,何だか少しばかりホッとした.
ガナン・イルビアラのいる部屋に,フローラはやってきた.
「随分と早かったですね,フローラ」
こちらへ顔を向けず,石の装置を見つめたままでガナンは言葉を投げ掛けた.
「・・・こっちに,マリーちゃんとフォルちゃんは来てないですか?」
ガナンに対しては,何故か大人に対するときと同じように敬語口調になるフローラ.
「さあ,知りませんよ.ここには皆さんがそれぞれに戻られてから,誰も来ていませんし」
それを聞いて,少し落胆するフローラ.
「ここで待っていれば,そのうち皆さん揃いますよ」 目の前のガナンにそう言われて,しぶしぶ頷くとフローラはその部屋で待つことに決めた.
少しの間,沈黙が続く.装置を操作する音だけが響くその部屋は,少し不思議な雰囲気がした.
「あ,あのっ・・・」
何かを話そうと考えるが,フローラはうまく考えがまとまらない.そのまま話し始めたため,声を掛けたはいいが,口籠もるような形になってしまった.
「・・・何か?」
操作する手を止めて,フローラの方へと振り返るガナン.
「うまく言えないし,私がどうこうできるかどうか分からないけど,今始まろうとしていることが何なのか,私にも分かるような事を教えてほしいの」
分からないなりに,フローラは一生懸命ガナンに訴え掛けた.その真剣な眼差しからは必死な気持ちが伝わってくる.
「あなたにも守りたいものがあるんですね.当然と言えば,当然ですけど」
ガナンはフローラと向き合って,少し悲しそうに微笑む.
「・・・これから起こることは,僕たちのことだけでなく,この世界全部に生きている全てに影響する,とても大きな出来事になるはずです.そう考えると,僕たちの出来ることはほんの一握りです」
でも,とガナンは付け足した.
「それでも何とかしようと足掻くのも,悪くはないかもしれませんね」
フローラはガナンの話している事が何なのかを一生懸命考え続けていた.
「よく分からないけど・・・でも,ガナンくんはまだ諦めちゃ駄目だと思う.だってアビーくんも,リュアナちゃんも皆も,一生懸命どうにかしようと頑張りたいはずだよ.勿論私だって同じだよ」
目の前で一生懸命言うフローラを,穏やかな目で見るガナン.
「そうですね,どうにかなると・・・いいですね」
少し伏せ目がちに言うガナンは,やはり少し淋しそうに見えて,フローラは少し胸がちくちくするような気がした.
この気持ちは,何なのだろう?
よく分からない.目の前のガナンのことも,ちくちくする胸の痛みも.マリーちゃんが,このあいだアビーくんにぎゅーって抱きついたときに感じた胸の痛みと,同じような感じだけど,何か少し違う気もする.
フローラはぼんやりと,そんなことを考えていた.
天上を見つめていたエリオット・ノイールは,何か違和感のようなものを感じてハッとした.体を起こして,静に目を閉じるとあたりの気配を探るようにその様子を伺う.
「妖精が騒いでいるようだ・・・」
まさか,とエリオットは思った.王女たちの身に何かが起ころうと言うのだろうか.
声を聞くだけでは何も始まらない.自分から動くことをしなければ.
エリオットは身支度を整えると,部屋を後にした.
ショウ・カイル・ニューエントは突然起こり始めた色々なことに,少しばかり面食らったのだが,すぐに自分の目的を思い出して,王女を守るためには何ができるのかを考えていた.
ガナン・イルビアラという少年に関わり始めてから,ろくなことが無い.それでも今まで関わってきた全てが無関係だとは到底思えなかった.これも,運命というヤツの一部なのだろうかとショウは思う.
目の前のプラネタが,ガナンの名を口にした.彼が言っていたアルベルトという人物.彼がそうなのだと思い至るまでにそう,時間はかからなかった.
渦中の人だ.この本人から事情を聞かないワケにはいかない.ショウはそう考えて,彼と一対一で話をしようと思った.
自分に付きまとってきた少女にもそう話して,皆には遠慮してもらった.
お茶会の部屋と呼ばれているこの部屋にはおおよそ似合っていない,男性二人が腰掛けていた.一人はアルベルトで,もう一人はショウだ.
「ガナンと何度か話をしてきたんだけど,いつもあんたの名前がでてきたんだよな.俺が思うに,あんたが色々な鍵を握ってるんじゃないかと俺は思うんだけどさ」
ショウはちらりとアルベルトの反応を伺うように見るが,彼はその表情を変えない.穏やかなままだ.
「それで,何を聞きたいんですか」
更に先を促すように言う.
「あんたは,今何をしようとしているんだ.何のためにこの城へ来た?」
アルベルトは,少し間を置いてから口を開く.
「盟約を果たすために」
よく,分からない.
「何のためにだ」
言葉を選ぶように,アルベルトは続けた.
「神を復活させるために.我々はずっと,そのために準備をしてきた.理の力を貯え,巫女を媒体として今まで時期を待っていた」
話が核心でなく,その周りを行ったり来たりしている.そんな感じだった.
「それで,お前はガナンのいう七天使ってヤツなんだろ?その役割って何なんだよ.何をするんだ」
立ち上がり,壁を見つめるアルベルト.
「私は,殺されるべきなのかもしれないですね」
ショウはアルベルトが何を言わんとしているのかが分からなかった.その真意を掴もうとアルベルトの背を見つめる.
「・・・王城にまでやってきて,王家に関わろうとするのは何故なんだ」
アルベルトはそのまま壁を向いていた.
「ラズロック一族は,一番強く精霊の力を受け継いでいるからだ.封印を解くために,その力を借り受ける」
そう言ったあと,アルベルトはショウの方へ向き直った.
「私を止めるときは,遠慮しないことです.私も役目を果たさねばならない.あなたにも守りたいものがある.それなら,全力をかけてその力を使いなさい」
自分を殺せ,と.
ショウにはそう聞こえた.
ショウが言葉を詰まらせているのを見て,アルベルトはそのまま部屋を出ていった.
「いいですね,いきますよ」
ガナンの言葉に,アビーやフォル,ピカピカやシーン,リュアナやルゥナ,それにマリーやタキ,それにアゲートは力強く頷いた.
一緒にいた大人の人たちや王女も同じように並んで頷いている.
それを確認したガナンは,装置に手を触れて皆を並ばせて操作し始めた.
一瞬その地面の印が光る.二度目にもう一度光ったと思ったとき,全員はさっき居た部屋と違う場所へ来ていることに気付いた.
「地下室ですね」
王女の声に,全員が辺りを見渡した.薄暗い部屋で,少し高い位置に小さな窓がある. 「暗くて気持ち悪いねぇ」
マリーがそう言って,アビーの傍にもう一歩近寄る.
「地下室だからな,そこの階段を上れば少し明るい部屋へ行けたと思うけどな」
アビーが考えながら話す.
そこへ,遅れてガナンが到着した.
「急ぎましょう」
ガナンの言葉に,アビーと王女が頷いた.皆は階段を上がり,地下二階へ来た.そのすぐ横にある階段を更に駆け上がり,四階まで上がっていく.
廊下の向こう側に祭壇のようなものがあるのが見えた.ゆっくりとアルベルトが階段を上がってきた.
「私を媒体とした方が,今はまだ準備の段階だからいいだろう」
アルベルトに言われて,ガナンは頷く.
「そうですね・・・」
ガナンは何かを考えているようだった.
「僕はラーゴ王と話をしてきます.アビーも良ければ付き合ってもらえますか」
アビーは頷いた.
「マリーも行く!」
横にはりついていたマリーが,じっとガナンを上目遣いで見る.
「わ,私も行くから」
フローラはおずおずとなりつつ,言う.
「仕方ないな・・・タキ,悪いけどリュアナのこと,頼む」
アビーに言われてタツキ・ガーネアは頷いた.
「分かったよ.でも無理はしないでよ?」
タキの言葉に,アビーは頷いた.
「行こうか」
アビーが言って,ガナンが頷く.四人は階段を再び下り始めた.
「では,始めよう」
アルベルトは言った.
「気をつけてや」
ディギーに言われてアルベルトは頷く.
「皆さんは文様の外に出ておいて下さい.王女とリュアナは中へ残っておいて下さいね」
言われて,エル王女とリュアナは文様の中心部に立った.
「リュアナちゃん,気をつけてねっ!」
フォルが言って,横でルゥナもぐっと強く握りこぶしを作って見せる.リュアナはそちらへ振り返り,にこりと微笑んで頷いた.
「王女,よろしくお願いします」
アルベルトは丁寧に頭を下げた.文様が描かれた呪文のような丸い円のふちに,アルベルトは立っていた.
王女はリュアナの向かい側に立ち,少しだけ微笑んだ.
「リュアナちゃん,手を目の前でこう・・・結んでくれる?」
言われたとおり,祈るように手を合わせるリュアナ.
「目を閉じて,お祈りして.心の底から,皆を守るために祈るのよ」
王女の言葉に頷いて,リュアナは静かに目を閉じた.それを確認して,王女はひとつ深呼吸した.
「大気に普く精霊よ,我が声を聞け!」
エルは両手を組み,祈るようにする.リュアナとエルの体全体が少しだけ,光った.
「理の力を我がものとせんがため,その力を解放せよ!」
地面に描かれた文様が全体的に光り輝く
その光はアルベルトをも包み込み,更にもう一度眩しく光った.
「エルファイル・メイア・ラズロックの名において命ず」
更に呪文を続けようとしたときだった.全員が眩しくて目を閉じている中,何かが動く気配がした.
「うっ・・・」
短く呻く声が聞こえて,辺りは再び静寂が包み込んだ.
「アル・・・?」
ディギーの声がしたので,全員ゆっくりとその目を開けた.
「嘘やろ,なあ」
ディギーが慌ててアルベルトに近寄る.彼の傍らに立つのは,一人のデューベイの青年.
その手には,血のついたナイフが一本握られていた.
「どうしてっ・・・何でだよ,スティア!」
ディディが叫んで,その横で呆然と立ちすくむ少女を見る.
「いや・・・いやよ・・・いやぁーーーーーーーーーーーッッ!!」
心の底からの叫びをあげて,アルベルトのもとへ駆け寄る.必死に助け起こすディギーの横から,ティンが手伝いアルベルトを抱き起こすが,ぐったりとしていて意識が無いように見える.
「止血しないと」
ティンが言って,呆然とそれを見守っているこども達.
ディギーは少しだけ冷静さを取り戻し,自分の服の裾を引き千切って腰のあたりの刺し傷をさぐり,手際よく血を拭き取っていく.それでも出血は止まらない.
「ガナンさんなら,治してくれるわ」 リュアナが言ったので,タキが頷いた.
「そうだね・・・でも」
そこでタキは立ち上がって,まだナイフを手に持っているスティアを睨む.
「アルベルトさんを殺しても,簡単に変えられるとは思えないよ?お兄さんは大人なのにそんなことも分からないんですか?」
言われてもスティアは怯まない.
「すべての原因はこいつだろう?役目を果たせなくなれば,全ての歯車はうまく回らないと思うが」
その言葉に,ディディが反応してスティアを見る.
「だからって,殺すなんて酷いよ・・・本当に殺すなんて,思わなかっ・・・」
涙が溢れて,その先が続けられない.
「絶対,絶対許さない!」
呆然とアルベルトを見ていた少女がそう言うと,スティアの方を睨んで立ち上がる.
「やめや!今は治療が先やろ,ガナンを呼びに行かなあかん!このままじゃ確実に死ぬんやから」
ディギーに言われて,ぐっと少女は言葉を詰まらせてから頷き,バタバタと走って階段を下り始めた.
「薬草くらいは,持ってるから・・・」
セルバの女性が,自分の手荷物からいくつかの薬草を取り出して傷口にあてた.それに反応して,アルベルトが目を開けた.どうやら意識を回復したらしい.
「父さんっ」
ディディが声をかける.
「大丈夫だ」
力の無い声で,アルベルトがこたえる.だがその表情は真っ白だった.もはや時間の問題だろうという雰囲気が,その場に広がる.
誰も言葉を発することができない.沈痛な面持ちで,それを見守っているだけだ.
「どこに行くの」
マリーが,先頭を歩くガナンに向かって尋ねる.
「王の待つ部屋へ,ですよ」
ガナンが歩みを止めないままこたえる.
「シュパイエルの王様,見たことあるか?」
アビーに問い掛けられて,マリーとフローラはお互いに顔を見合わせてから,ふるふると首を振る.
「リュアナの親父なんだ」
その言葉に,マリーとフローラが目を真丸くして叫ぶ.
「ええ〜っ!」
「本当に?」
二人は再び顔を見合わせ,目をパチパチさせてアビーの方を見た.
「リナは第四王女なんですよ.皇后さまに似てると,僕は思いますけどね」
先頭のガナンは続けた.そのうち,とある部屋の前でぴたりと歩みを止めるガナンとアビー.
考え事をしていたため,マリーがアビーにぶつかり,そのマリーにフローラがぶつかってしまった.
「ごめ〜ん」
「いや,いいけど」
「大丈夫?」
三人のやりとりにガナンが振り返り,覚悟はいいですかと確認する.それにアビーが頷いて答える.
ガナンがその扉に手をかけて,ゆっくりと開けた.
「やあ,来たね」
少し小太りしたプラネタは,人の良さそうなほほ笑みを見せた.
「ガナン,あなたにもう一度会いたいとずっと思っていたんだよ」
その目は,少しぼんやりとしていた.
「久しぶりの再会なのに申し訳ないんですが,ゆったりお話ししている暇は無いんですよ.今すぐアビーと僕に全てを託してください」
ガナンが王に向かって手を翳すと,そのまま王は倒れてしまった.
「アビー,手を」
言われてアビーは模様のついた左手を差し出す.そのままガナンが何事かを呟き,翳していた手が少し光った.その光は王を包み込み,やがてアビーの左手へと流れていく.
その様子を見ていたマリーとフローラは,不思議な気持ちになった.
光り輝くガナンは少し,儚げで今にも消えてしまいそうに思えた.
逆にアビーは,光を浴びて力強く光り輝いて見えた.
「あっ」
フローラが,小さく声をあげた.王が足の方から,サラサラと砂のように消えていくのが見えたからだ.
やがて王は,消えていなくなった.
「終わりました」
ガナンはその場に,膝をついた.顔色が悪いのは明らかだ.
「大丈夫なの?」
フローラは心配そうに言う.
「・・・行こうぜ.時間が無い」
アビーの言葉と同時に,乱暴にその部屋の扉が開けられたので,四人はとても驚いた.
「ガナン,お願いだから戻って!早く!」
扉を開けた少女にそう言い放たれて,中にいたガナンは少女を見た.
「どうかしましたか」
少女は何度も頷き,涙ながらに訴えた.
「アルさんが,死にそうなの.お願いだから助けて」
ガナンが頷き,アビーを見た.
「先に戻ります.皆さんもあの部屋へ戻ってきてください」
ガナンは言うと,消えた.
「俺たちも急ごう」
アビーの言葉に,マリーとフローラが頷いて,四人はもときた道を駆け足で戻りはじめた.
重い空気の中,ガナンが表れたので一同にホッとした空気が流れた.
「何があったんですか」
ガナンに言われて,一同は思わずスティアの方へ視線を送る.それに構わず,ガナンは急いでアルベルトへと近寄る.
「・・・重傷ですね」
傷口を確認して,ガナンが言う.
「少しは役にたてるといいんだけど」
ポーチュラカ・リースに言われて,そのいくつかの薬草などをガナンは見ると,首を振る.
「止血はできても,このままでは何ともなりません」
ガナンの言葉に,落胆ムードがまた広がっていく.
「僕には役目がありました.でもそれはアビーに取られてしまいましたからね」
ガナンは言った.
「これも運命だというんなら,僕は従いましょう」
アルベルトは,ガナンを見た.
「ガナン,役割を果たすまでは何もしない方がいい」
ガナンは首を振った.
「あなたを監視し,あたなを助けるのが僕の役目です.盟約を,果たさねば」
ガナンは静に目を閉じた.アルベルトの傷の部分に手をあてる.
ふわりと風が舞ったような,気がした.ガナンの腕から,ざわりと枝のようなものが伸びていく.それと同時に,アルベルトの傷は治る.
すっかり綺麗になったころ,アビーたちが再び帰ってきた.
「さあ,始めましょうか」
ガナンはそう言って,ふらりと立ち上がって周りを見渡した.だが,立っていられなくて,足取りがふらつく.それをアビーが支えた.
「無理してんじゃねぇよ,何のために俺がここまでしてんのか,わからなくなるだろ!」
アビーが怒った口調で言う.
「今すぐ始めなくても,明日でも構いませんよ.いや,明日にしましょう.ガナン君の回復を待ちましょう」
アルベルトの言葉に,アビーは頷いた.
「よろしければ,皆さんお部屋にどうぞ」
王女エルがそう言って微笑んだ.
「そうしようか.じゃあ女の子はエル王女の部屋で休むことにする?」
タキの言葉に,フォルやルゥナ,リュアナたちは頷いた.
皆で一緒に一階下の王女たちの部屋へと向かう.
「エル!」
名前を呼ばれて,王女エルが顔をあげる.
「ナミちゃん,アミちゃん心配かけてごめんね」
相変わらずな姉に,二人の王女もため息をつく.
「ご無事で,何よりです」
エリオット・ノイールがそう言った.そこには,王女たちだけでなく,王女たちを守るべく色々な大人たちもいた.
その階の王女・エルの部屋にマリー,ルゥナ,フォル,リュアナそれにアゲートとフローラが,そしてジェシィやミラ,ポー,エリオットが泊まることになった.
そして兵士用の部屋に,シーンとタキ,アビーとガナン,ジェイクにフラット,タモンがスティアを見張る役目と共に泊まる.
アルベルトとディギー,ディディとティンは居間に泊まることにした.
それぞれの夜が,それぞれに更けていく.
シーン・エランはごろりと寝返りを打ったと同時に,壁にガツンと頭を打って目を覚ました.
「あうぅ・・・」
周りを見渡しても,全員スースーと寝息をたてている.
スティアを最初に見張っていたティンだけが起きていた.
「大丈夫?」
くすくすと笑って,ティンは尋ねた.
「オラ,おしっこ」
むくりと起き上がってから,ぱたぱたと歩いてシーンは部屋を出た.少しばかり暗くて石作りの建物は,あまり気持ちのいいトコロではなかった.
シーンはそのまま階段をあがっていき,四階の中庭のようになっている,塔のふもとまで出てきた.
「あれぇ」
そして,タキとフォルが二人きりで腰掛けているのが見えた.いくらシーンでも,これを邪魔してはいけないことくらいは分かる.
彼はそっと,その反対側に歩いていった.この塔は四階とは言え,結構高かった.今夜は満月で,月光が湖の水面をキラキラと反射させているのが少し見えた.
「はぁあ〜」
シーンはなぜか,元気が無かった.肩の力をがっくりと落として,ため息をつく.
「このままじゃたいへんなことになるぞ.でも・・・でもきっとオラにはなんにもできないんだ」
そこでまた,深いためいきをつく.
「何ため息ついてんだよ」
後方からピカピカの声が聞こえたので,シーンは死ぬほど驚いた.
「おおっピカピカ!」
それに答えず,その横にストンと腰掛けるピカピカ.
「タキとフォルって,やっぱ両想いなんだろうなあ」
ピカピカもたぶん,二人の様子を見たのだろう.こくこくと頷くシーン.
「だと思うぞ」
ピカピカは,じっと前を睨んだまま言う.
「オレも,告白してみようかなあ」
シーンは一歩のけぞって,顔を少し赤くさせた.
「それってオラのこと?いやぁ〜ん」
くねくねと体をひねる.
「違うよバカッ,リュアナだよ!」
言い放ってから,ハッとして思わずピカピカは自分の口を押さえる.し〜んという沈黙が流れていく.
「そぉなのか・・・」
シーンは,またため息をついた.
「あのなぁ,お前ため息つくとその分,幸福は逃げていくんだぜ」
ピカピカに言われて,顔をあげるシーン.ピカピカはニヤリと笑ってみせる.
「オレも頑張るからさ,シーンも頑張れよ.まだまだこれからだッ!」
ガッツポーズをとって,うんうんと頷いてから去っていくピカピカの背を見送り,シーンはもう一度ため息をつくのであった.
「今,見えてる空にある星からね,フォルたちを見たらね,すっごく小さく見えると思うの.それなのに・・・何で,皆で一緒に仲良くできないのかな.その方が幸せになれるのに」
フォリア・スピキュールの言葉に,タツキ.ガーネアは頷いた.
「そうだね,いつかまた元どおり,村へ帰れるといいんだけど」
タキもそう言って,空を見上げた.
「皆が助かってもね,アビー君やガナンさんそれにリュアナちゃんがいなくなったら,意味ないもん.みんなで帰れなきゃ,絶対に意味ないんだから」
力を入れて話すフォル.
「そうやって,フォルが考えてくれてるだけでも,今よりきっといい方向に進むと思うんだ.諦めないで,最後まで皆で頑張ろうと思うことが大切なんだよ,きっと」
タキはそう言って,自分のかけているペンダントに視線を落とした.馬の形をしたそれを手にとり,フォルを見る.
「フォルは一生懸命,皆のことを考えてる.それに皆もきっと.気が付いてくれるよ.俺もそう思いたいんだ」
だから頑張ろう,と言ってタキはフォルの手をとった.そしてにこりと微笑むと立ち上がる.
「さ,帰ろう.眠らないと明日が辛くなるからね」
少し顔を赤くさせたフォルは,こくこくと頷いた.二人はもときた階段を下り始めた.
その手は,繋がれていた.
翌日の早朝,エリオット・ノイールは目が覚めてあたりを見回した.
こどもたちはまだ,寝息をたてている.彼女たちを起こさないように,そっと部屋を出ることにした.
ベランダに出て,ひとつ深呼吸する.とても気持ちのいい朝だ.
「おはようございます,エリオットさん」
声を掛けられて振り返ると,第一王女であるエルファイル・メイア・ラズロックが微笑んで立っていた.お互いに軽く会釈する.
「世界は壊れてしまうのだろうか」
エリオットは,前を向いたまま呟いた.
「このままでは,いずれそうなるかもしれません.でも私は,あの少年を信じていますから」
少し嬉しそうに,王女はそう言った.エリオットは自分と同じように,少年たちを信じている王女に安堵感を覚えた.
「私にできることがあれば,いつでもこの力をお貸しするつもりでいます,王女」
エリオットはそう言って王女を振り返って見つめた.
「ありがとうございます.皆さんと一緒ならきっと,大丈夫ですわ」
頷いて,エル王女はもう一度微笑んだ.エリオットと並んで,町並みを見下ろす.
「明日を信じて生きるからこそ,私たちには希望があるんだと思います.この国のことだけでなく,皆がそれぞれの未来を探す権利があるんです.私は一人でも信じてくれるひとがいるかぎり,光は失われないと思いたいんです」
そう告げる王女は,いつもより少し神々しいように見えた.
エリオットは何も言わず,王女の横で同じように街を見つめていた.
この街に生きる全ての命が,幸せであるようにと願い続けていたかったからだ.王女と同じように.
自分の力を信じたい.未来のために,歩いていこう.
少しでも希望はあるんだと信じよう.諦めないで,前を向いていよう.
未来のために.
そして何より,幸せを見つけるために.
GP輝凛E1 第7回「未来(あす)を見つけた」終わり
GP琴凛E1 第8回へ続く
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