GP琴凛E1 第8回 担当●河上裕マスター
「聖なる義務,聖なる祈り」
目にうつる全てのものが,真実ではないと誰かが言っていた.本当に大切なものは形として残らないものなのだと.
心の中にあるものは,人それぞれ違っていて当然だろう.
今まで感じていたことが,突然今日から違うものへと姿を変えることもある.
今が,そうなのだ.
エリオット・ノイールは,最後の神託に全てを賭けることにした.神の心により近付くためには,最後の手段と言えた.
ゆっくりと目を開けると,そこは真っ白な景色だった.果てしなく続く,雲でできた草原のようだ.不思議とその雰囲気が神聖なものであると,エリオットには理解できた.
「ネガイ ヲ イエ」
声が響いた.
ジェイク・ディアーナは自分のできることを一生懸命頑張ろうと思っていた.
もう誰かが苦しんだり,悲しんだりするのを見るのは沢山だと思っていた.
ゆっくりと目を開けると,自分が雲の中にいることが分かった.もっとよく見ると,それは雲じゃなくて霧のようなものであることが分かった.
ディディと友達になってから,楽しいことも,そうじゃないことも色々あった.そのひとつずつをジェイクは思い出していた.
「ネガイ ヲ イエ」
これは,夢なんかじゃないんだ.
ジェシェイプル・ラ・サラは怒っていた.神様というものが存在するのなら,言ってやりたいことがいっぱいあった.
今度こそ,アルベルトを信じようと.儀式を成功させるため,全てを擲ってでも信じたい何かがあるとジェシィは思っていた.
「ネガイ ヲ イエ」
胸にあるペンダントが少し,揺れた.
フローラ・イリーズは何とか状況を打破しようと喘いでいた.
消え入りそうなガナンを見たとき,どうしようもなく胸が痛み,いなくなってしまうようで恐かった.
自分にできる何かがあるのなら,ガナンを守りたいと.強く願っていた.
「ネガイ ヲ イエ」
白い景色の中で,フローラはゆっくりとその目を開けた.
ポーチュラカ・リースは心を決めていた.自分が大切なひと.大切な相手を守るためにその間に立ち,盾になる気でいた.
でもきっと,自分が傷ついても皆は心を痛めるだろう.それもよく分かっていた.
「ネガイ ヲ イエ」
どこまでも続く雲の海を,ポーは真摯な気持ちで見つめていた.
マリア・クラレンスは皆を信じて頑張ろうと思っていた.
世界が壊れるだとか,神様がどうのこうのいう話は難しくて,よく分からなかった.
それでも目の前にいるアビー,そしてガナンやリュアナ,皆を危ない目に遭わせたくはない.その気持ちだけは強くあった.
「ネガイ ヲ イエ」
皆が幸福に,なれるのだろうか.
ルゥナ・メイフィールドは,雲の中を歩いていた.いや,雲のような空気の中を歩いていると言った方がいいのかもしれない.
自分の周りには誰一人いなくて,普段なら不安になってしまうところなのに,不思議と淋しいという感じはしなかった.
もし,神様というものが存在するのなら.ルゥナはひとつの願いがあった.
「ネガイ ヲ イエ」
ルゥナはゆっくりと,その声の主を見上げると微笑んだ.
シュパイエルの王宮・ノッツェンシュタイン城に朝日が差し込んでいる.静かな夜明けを迎えた風景はとても美しかった.
ティンタ・リヴニータが一人で見張りについてしばらくたった頃,ベーク・スティア・ハルークスは,ゆっくりとその目を開けた.ちらりと視線だけを彼の方へと流す.ティンは真正面を見ていた.何か考え事をしているようにも見える.
自分とティン以外は寝入っているようで,その気配はうまく感じ取れなかった.だが,行動を起こすのなら今だとスティアは思っていた.
「スティア」
突然声をかけられたので,驚いて思わず顔をあげる.
「王宮の五階にある二つの部屋のどちらかに,地下室と同じ文様のついた鍵のようなものがある.それを持って,屋上へ行ってくれ.そしてその中央へ鍵を置いて,その傍にスティアも立つんだ」
ティンが何を言おうとしているのか分からずに,彼をまじまじと見つめるスティア.
ティンは持っていた小さなナイフで,スティアを拘束していたロープを切った.そしてそのナイフをスティアに手渡す. 「俺は一番,何がいいのかをずっと考えてきた.この国は今,落ちようとしている.各地のプシュケーが落下したのを王宮の中で聞いてから,ずっと迷っていた」
スティアは黙って,ティンの話を聞いていた.
「俺も兄もこの王宮で命をかけてこの国を守ろうとしている.だから俺も協力することに決めた.神様ってヤツが存在するなら,俺たちにも生きていく権利があるんだってこと,思い知らせてやらなきゃな」
ティンは,ゆっくりと顔をあげてスティアを見た.
「師匠はディディを守るためには,これが一番いい方法だと俺は信じたい.アルベルトさんを・・・この世界にかけられた呪いを,解放してくれ」
「どういうことだ?」
そこでやっと,スティアは話した.
「歩きながら話す.もう時間が無い」
先に部屋を出たティンを,スティアは慌てて追い掛けた.
コトリと何かが動く気配を感じて,ポーチュラカ・リースは,はっと目を覚ました.
何となく胸騒ぎがして,ポーは部屋を出てスティアがいるはずの部屋へと向かう.
「扉が開いてるな」
後方から声がしたので,ポーは驚いて振り返った.
そこには第二王女,ナミカ・フィオール・ラズロックと第三王女,アミル・フィオール・ラズロックが立っていた.
「姉様から話を聞いたとき,封印のことを思い出したんだけど・・・遅かったようだな」
ナミカはため息をついた.
「たぶんもう,行ってしまわれたんだと思いますわ」
アミルは頷いて言った.
「私達も追い掛けよう!」
ナミカがそう言って走りだしたので,それを追い掛けてアミルも走る.
ポーも少し呆気にとられた後,同じように走り始めた.
明け方が近付き,ティンとスティアが王宮の階段をあがり始めたとき,朝日がかすかに差し込み始めていた.
「この世界には七つの神様が存在している.そのひとつずつを守るための存在が,七天使と呼ばれるものだ.アルベルトさんもそのうちの一人で,彼は大地神の力を操る.このシュパイエルにビバーチェ神の祭壇が多いのはそのためだ.いくつか,見かけただろう」
問われてスティアは頷く.儀式の間で,そして謁見の間で,その文様を見かけた.
「この王宮自身にも,その力は封印されているんだ.今解放すれば,きっと神という存在に近付くことができる」
ある程度の犠牲は必要だろうけど・・・とティンは呟いた.
五階に着くと,ちょうど見張りの兵士が階段を上がっていく途中だったので,壁ぎわに隠れてそれを見送る.
のち,二人はその部屋へと侵入した.中央に大きな椅子があり,壁ぎわには少し古ぼけた感じのタペストリーがかけてある.
「このへんのはずなんだけど・・・」
そのタペストリーを軽くめくって,ティンがその辺を探っている.
その間も,スティアは気を緩めなかった.辺りを警戒し続けている.
「あった,これだ」
ホッとしたような声でティンが言った.その鍵をスティアに見せた.
「その鍵で,封印を解くのね」
女の子の声がしたので,二人はハッとして振り返る.
スティアは気を抜いていたわけではない.だが,いつの間にかその少女はそこに居た.確かアビーの妹・・・のはずだ.
「リナちゃんだった?」
ティンが警戒しながら,たずねる.リュアナはそれに答えず,歩いてきてティンが持っている鍵を眺めた.
「早く行かないと,夜が明けるわ」
ティンは頷いた.
三人が屋上に着くと,リュアナの言葉通り,夜が明けようとしていた.雲間から少しずつ陽光が差し込んでくるのが分かる.
「中央に,鍵を置いて」
リュアナが先導して,ティンが鍵を置くのを確認する.
「誰が贄になるの」
リュアナの言葉に,スティアが驚いてティンを見る.
「俺だよ」
ティンが間髪入れずに答えたので,スティアは思わず言った.
「どういうことだ?犠牲の上に成り立つものにこれ以上賛成なんかできないぞ!」
ティンは首を振った.
「このままこの国が落ちたら,全員死ぬんだ.俺は贄になるけど,死ぬわけじゃない.封印として眠りにつくようなものだ」
リュアナはその封印を確かめるように眺めた後,二人をゆっくりと振り返った. 「もう始めるわ.迷ってる暇なんか,無いのよ」
先程うけたリュアナの印象と少し違っていることに,知り合いではない二人はまったくと言っていいほど気付かなかった.
ティンは静かに目を閉じた.それを見て,リュアナは手を合わせる.
「大気に遍く精霊よ,我が声を聞け」
ブゥン,という鈍い音をたてて屋上の地面全体が光ったように思えた.
「大地の力を縒り代とし,この者に全てを託せ」
流れていくように,光がキラキラとティンから降り注ぐのが,スティアにも見えた.
その流れは,リュアナを通り過ぎてから自分へと向かってきた.
「この城を,全てを解放せよ!」
リュアナは両手を広げた.そして,その髪が風に棚引く.
リュアナは少し,笑っていた.
スティアは光の全てをうけてから,そのあまりにも大きい力に耐えきれず,思わず膝をついた.
体中の血という血が逆流しているような,それでいてじっとしてられないような感じ.今ならどこへでも飛んでいけそうな,そんな気がした.
「ティン」
ハッと気が付いて,スティアはティンを見た.彼は地面に倒れ込んでいて,呼び掛けても返事がない.
「無駄よ,もう縒り代になっちゃってるんだもの.意識は戻らないわ」
リュアナはにこりと笑った.そのとき初めて,その少女が少し異様であることにスティアは気付いた.
「本当に,これで良かったのかよ?」
スティアは自分の手を眺めたあとで,リュアナを見た.
「迷ってる暇はないと,言ったでしょ?すぐに行くわよ」
自分の手をリュアナは引っ張り,もときた階段を下りようとした.
「ちょ,ちょっと待てってば!」
少女の手をふり払うスティア.
「・・・逃げるの?アルベルトを殺すんでしょう,今しか無いわよ」
リュアナの目は,本気だった.
「分かった」
スティアは頷いた.
先頭で走っていたナミカは,やっとのことで五階へと辿り着いた.
「いませんわね」
部屋を見たアミルが言った.
「もしかすると,もう封印を解いたのかもしれないな」
ナミカがため息をついた途端,窓の外に閃光が走るのが見えた.屋上の方からだ.
「何だ,今光ったよ?」
ポーが思わず窓から身を乗り出す.
「急ごう!」
ナミカの声に,アミルとポーは頷いた.
階段を下り始めたところで,リュアナとスティアは,上ってきた王女たちとポーとはち合わせた.
「いくら末姫だからって,やっていいことと悪いことの区別ぐらいつけなきゃダメだろ」
ナミカがそう言って,剣を抜きながらリュアナを睨みつけた.
「もうこの流れを止めることはできないわ.私たちにできることは,見守ることぐらいよ.それに,ね」
にこりとリュアナは微笑んで,その手をあげてナミカに向かって軽く薙ぎ払うようにした.
「私はもう,迷わないの」
「うわっ」
軽く砂が巻き上がり,それがナミカたちの目に入った.
「行きましょう,スティアさん」
スティアは頷いた.
「スティア」
通り過ぎる際に,ポーが呼び掛けたが,スティアは彼女から目を反らして,さっさと階段を下りていく.
意を決して,ポーはスティアの後をついていくことに決めた.
王女たち二人は,その場にしゃがみこんだままだ.それを少しだけ振り返り,ポーはあえてスティアについていくことに決めたのだ.
「フラットさん,起きてくださいっ」
タモンに揺さ振られて,フランク・メンチローゾは目を覚ました.
「二人がいません」
タモンの指差す先に,ティンとスティアがいるはずの場所に二人はいなかった.
「・・・まずいですね」
二人は頷くと,立ち上がる.
「何がまずいんですか」
すぐ横までタツキ・ガーネアとシーン・エラン,そしてアビー・ウィートにジェイク・ディアーナ,そして奥にいたショウ・カイル・ニューエントも起き上がって支度を始めていた.
「ガナンも居ないみたいだ」
アビーの言葉に,皆は頷いた. 「とにかく,探そう」
アビーの言葉に,皆は頷く.
「俺,ディディの部屋に行ってみる」
ジェイクの言葉に,タツキが頷いた.
「俺も同行します」
二人は出ていった.
「じゃあ俺は,王女たちの部屋を確認してくることにします」
フラットの言葉に,タモン・ナガトが頷いた・
「そうですね,私もお手伝いします」
二人は歩いていった.
「オラ,女の子たち起こしてくる〜ん」
うふふ,と嬉しそうなシーン.
「じゃあ,俺がついていく」
アビーがため息混じりに言うと,ちらりと残ったショウを見た.
「俺はそうだな・・・屋上にでも上って,全体を見てみることにするよ」
アビーは頷いて,ショウを残して,シーンと二人で出ていった.
「無事だと,いいんだけどな」
王女たちのことや,ガナンや王族たちのことを思うとそう願わずにはいられなかった.
ショウは剣をとりあえず持ち,部屋を出ていった.
この部屋には誰もいなくなった.
「何だって?」
「取り返しがつかなくなりますわ」
第一王女,エルファイル・メイアから話を聞いていた王女二人は,そう声をあげた後,思わず自分の口を押さえた.周りでは,ミラ・ホワイトやマリア・クラレンス,ジェシェイプル・ラ・サラ,そしてフローラ・イリーズ,フォリア・スピキュール,ルゥナ・メイフィールドが気持ちよさそうに寝息をたてている.
エリオット・ノイールだけは,まだ眠りについていなかったので,何事かと思い三人を振り返った.
「何かあったのか」
近付いて話し掛けると,苦笑いする王女二人,それに不思議そうな顔をした王女エル.
「いけませんね」
王女エルがぽそりと呟いた.
「誰がだよ」
ナミカが問う.
「リュアナちゃんが,いませんね」
もう一度言って,首を傾げる王女エル.皆が振り返って辺りを見渡すと,ピカピカの横で寝ていたはずのリュアナの姿が,無い.
「ヤバイぞ,あいつ目覚めたんだとしたら,一番に封印を解く!」
ナミカの言葉に,アミルが頷いた.
「そうですわ.屋上に,急ぎましょう」
ナミカは剣を握り締めて支度をする.
「私も行こう」
エリオットも言う.
「いや,エリオットは悪いけど野郎共・・・いや,隣の皆を起こしてくれ.戦い手が増えた方が心強いからな」
その後,ビシッと王女エルを指差すナミ.
「エルはこの部屋から一歩も出るなよ!この女の子皆を守るのが,エルの役目だからな.約束だぞっ」
ナミカの声に,エルはにこりと微笑んで頷いた.
「分かったわ」
それを確認して,ナミカとアミルは急ぎ足で出ていった.エリオットは男性たちが眠る部屋へと歩き始めた.
アビーたちが眠る部屋のドアを,エリオットは軽くノックした.
だが,返事はない.もう一度強くノックしてみた.およそ気配というものが感じられなかった.
「開けるぞ?」
エリオットはそう断った後で,扉をゆっくりと開けた.そこには誰一人もいなかった.
「どういうことだ」
眉間にしわを寄せて,エリオットは呟く,とりあえず王女エルの待つ部屋へ戻った方が良さそうだと判断したため,エリオットは元来た廊下を戻り始めた.
リュアナを先頭に,スティアとポーは黙々と歩いていた.そのうち,アルベルトたちが眠るはずの部屋の前へと辿り着く.
「いくわよ,覚悟はいい?」
リュアナは振り返ってもう一度,スティアの意思を確認するべく彼の目をまっすぐに見つめた.
その問い掛けに,スティアは無言で頷いた.ゆっくりとその手に短剣を握り締めて.
リュアナが扉を開けたとき,アルベルトたちはベットの中で寝入っていた.否,正確にはディギーとディディだけが眠っていて,アルベルトは起きていたのだが.
静かにアルベルトの枕元までしのび寄り,その首筋にナイフを突き立てる.少し直前にそれに気付いたアルベルトが,身を捩ってそれを避けるが,それでもそのナイフは彼の首筋を傷つけた.流れていく夥しい鮮血が,アルベルトの衣服を汚していく.
「何・・・?」
「スティア」
ディディとディギーが目を覚ました. 「手加減は必要無さそうですね」
自分の首筋が切られているというのに,アルベルトは平静にそういった.だが苦しそうなのは見てとれる.
無言で再び切り掛かるスティア.そのとき僅かに,その腕と剣が光を放つ.
それに気付いたアルベルトがハッとした.
「やめて,やめてっ!」
ディディが叫んで,ベットから飛び起きて彼らへと走ってくるのが横目に見えた.だがそれに構わず,スティアはその刃をアルベルトの胸に突き立てた.
「うっ・・・」
何事かを呻いて,アルベルトは前のめりに倒れ込んだ.そしてスティアは最後の一撃を食らわせるため,もう一度そのナイフを振り上げた.
「もう十分だろ,スティア」
間に割って入ったのは,ディディでもディギーでもなく,ポーだった.
「アタシはもう,誰かが傷つくのも見たくないんだよ.スティアのことも守りたいし,ディディたちのことも守りたいんだよ」
真っすぐに,ポーはスティアを見つめた.しばらくの沈黙.思わずスティアがそのナイフを下ろしかけたときだった.
「邪魔しないでって,言ってるの」
スティアの後から,そうリュアナは呟くとその手をポーへと差し向けた.微かに光を放ち,ポーがふわりと浮き上がると,壁へと叩きつけられる.ポーはそのせいで気を失ったようだ.
「ポー!」
思わずその名を呼ぶスティア.だが,迷う暇はない.今,このときを逃しては全てのことが無駄になる.スティアは迷わなかった.
目の前のアルベルトに,ナイフを突き立てる.みぞおちの少し下.寸分違わず必殺の一撃は,確実にアルベルトを貫いていた.
ゴボリ,とその口から血を吐き出す.もうその唇から,言葉を紡ぎだすことは無い.
ズキリ,と頭が痛んだので,スティアはその場に膝をついた.先程から少しずつ感じていた,自分の中で暴れ出そうとしている血.その血が伝える何かの記憶が,まだ全ては終わってないんだと自分に告げている.
「俺は,どうすればいいんだ」
スティアの呟きが,沈黙の中で響いた.
「もう始まるわ」
リュアナがスティアの呟きに答えた.
次の瞬間,スティアは今いた部屋と違う場所にいた.
真っ白な雲がずっと続いているような空間の中で,皆は立っていた.
否,周りには誰もいない.自分一人だ.スティアは思わず自分の手を見る.返り血を浴びたはずなのに,どこも汚れてはいない.
「どうなってるんだ」
思わず呟く.ここはいったい,どこなのだろうか.
「セカイ ガ ホロビユクマエニ サイゴノ シンパンヲ オコナウ」
どこからともなく,声が聞こえた.
「審判だって?」
怪訝そうにスティアは言う.
「キメルノハ オマエタチダ」
お前たちと言われて,改めてスティアは辺りを見渡した.
「俺しかいないぜ」
スティアは立ち上がり,もう一度ぐるりと周りを見た.
「コノセカイヲ マモリタイト ネガウカ」
スティアの右手が,光を放つ.またズキリと頭が痛んだ.
「そりゃ,願わないと言ったら嘘になるよ」
しばらくの,沈黙.
「コノセカイニ イキツクモノ ノ ナカカラ アラタナ ヨリシロトナル カミ ヲ エラブ スベテハ モトドオリ イキテイク」
しばらく考えた後,スティアは口を開いた.
「それってつまり,俺たちの中から犠牲を選んでそいつがこの世界を支えるってことか」
スティアが問い掛けたと同時に,周りにぼんやりと人影が浮かびだした.
マリア・クラレンス.6才.ヴィータの少女で,アビーといつも一緒にいた,元気な女の子だ.
ショウ・カイル・ニューエント.20才.デューベイの男性だ.王女たちと行動を共にしていた,穏やかな青年だ.
フランク・メンチローゾ.34才.デューベイの男性だ.神官戦士だと言っていた.人の良さそうな人だ.
シーン・エラン.5才.ヴィータの少年だ.一つ所にじっとしていない,元気な少年.
フォリア・スピキュール.7才.プラネタの少女だ.いつも元気で,飛び回ってる感のある子だ.
ジェイク・ディアーナ.11才.ヴィータの少年だ.ディディと幼なじみで,明朗快活で前向きな子だ. ミラ・ホワイト.16才.ヴィータの少女だ.おにいちゃんを探していて,ショウに出会い,いつも嬉しそうだった.
タツキ・ガーネア.14才.ヴィータの少年だ.こどもたちのお兄さんという感じの,しっかりした少年.
タモン・ナガト.26才.デューベイの青年だ.退役軍人で,穏やかで人の良さそうな感じ.
フローラ・イリーズ.9才.ビスティーノの少女だ.少しおとなしく,健気なタイプの子だ.
ルゥナ・メイフィールド.7才.デューベイの少女だ.いつもスケッチブック片手に会話をする,沈黙の少女.
ジェシェイプル・ラ・サラ.15才.ヴィータの少女だ.少し突っ走り傾向のある,恋する乙女.
エリオット・ノイール.17才.ビスティーノの女性だ.清楚な見た目とは違い,自分を持っている感じの女性.
そして,ポーチュラカ・リース.29才.セルバの女性だ.大らかだが,芯のある女性である.
それぞれに,それぞれの言葉で神託はくだされた.
共通しているのは,世界が滅びるであろう未来.それを救えるのは,自分たちであるということ.そして自分たちの中から,神に等しい存在を選出して,再びこの世界のバランスを維持すれば,世界は元通り動き出すであろう事実.
そして,神になった者にはどんな願いも叶うであろうこと.
「縒り代ってことは,もうこの世界から見れば死んだことになるんだよね」
目の前の神と呼ばれる存在らしいものに,タツキ・ガーネアは尋ねた.
「シヌノデハナイ ネムリニ ツクノダ」
要領を,えない.タキは,むむむと眉間にしわを寄せて考えた.
「ネガイ ヲ イエ」
その瞬間は,もう目の前だった.
王女の部屋の扉を開けた途端,タモン・ナガトは白い光に包まれた.
自分が普通でない空間にいることと,その雰囲気が尋常でない力が満ちているということが,不思議と理解できた.
「ネガイ ヲ イエ」
タモンはゆっくりと目をあけた.
ミラ・ホワイトは眠っていたはずなのに,自分がいつの間にか白い空間にいることを不思議に思っていた.
また今日も,夢の中でショウに会った.
「もう誰も,傷ついてほしくないですぅ」
ミラは悲しそうに呟いた.
「ネガイ ヲ イエ」
涙で潤んだ瞳で,ミラは正面を見た.
ショウ・カイル・ニューエントは,やっとのことで記憶の糸を手繰り寄せた.
夢で見てきた女性と,ミラ・ホワイトが重なることに気付いたのは,随分と最近になってからのことだ.
でも今は,それは横に置いておかねばならないような情況だった.
「ネガイ ヲ イエ」
今まで色々なことを経験してきたが,これは最大級のイベントだろう.
ショウは面白いと,いつもなら感じるであろう事を今は苦々しい表情で迎えた.
フォリア・スピキュールは,神様というものが存在するなら,自分の役目は何なのかを聞いてみたいと思っていた.皆のために,今できること.
「ネガイ ヲ イエ」
いつもは元気なフォルも,少しばかりうつむき加減になっていた.気持ちも,態度も.
それでも決めなければならない.前へ歩かなければ,何も始まらない.
フォルは思い切って,顔をあげた.
シーン・エランは珍しくも,真面目な顔をしていた.
「オラも戦うぞ!」
キリッとして,シーンは言い切った.もう一人の自分に,負けないためにも.
「ネガイ ヲ イエ」
神の復活が何を意味するのか,シーンは心のどこかで感じていた.
フランク・メンチローゾは,タモンの後方から扉をくぐり,王女たちの部屋へと入ろうとしたとたん,自分がどこかへ飛ばされたことを知った.この力が尋常でないことぐらい,見てとれる.「ネガイ ヲ イエ」
ポケットの箱を確かめるように,フラットはその感覚をそっと手にした.
「今すぐ決めねばならないのですか」
神官戦士である彼には,それが神であることは容易に感じ取れた.
「ジカン ハ スクナイ」
しばらく考えてから,フラットは問う.
「王女たちや王は・・・シュパイエルは,そして皆は救われるというのですね」
神は再び,問い掛けた.
「サア ニンゲンヨ ネガイ ヲ イエ」
フラットは噛み締めるように,その言葉を反芻した.
願い.
心の中にあるもの.
それは一体,何なのだろうか.
スティアは一人ずつ浮かんできたのを確認して,もう一度神を見つめた.
「まさか,俺に選べって言うんじゃないだろうな」
神はゆっくりと首を振る.
「エラブ ノハ ジブン ジシン ダ」
それぞれが,自分で決めるのだと神は言っているのだろうか.
スティアは,自分に授けられた尋常でない力が今はそう,重くないことに気付いた.もう,効力を失っているのだろうか.
それとも・・・・・・.
自分は何を,望むのだろうか.
「ネガイ ヲ イエ」
何度目かの,神の言葉を聞いた.スティアはしばらくの沈黙の後,ゆっくりと目を開けて神を見据えた.
それぞれが一人ずつに,答えを出すべき時間が迫っていた.
「これで,良かったんですか」
ガナン・イルビアラが呟いた.
「これで,いいんだよ」
アルベルトが答えた.全ては無に戻ろうとしていた.
そして世界は,動き出す.
GP琴凛E1 第8回「聖なる義務,聖なる祈り」終わり
GP琴凛E1 第9回へ続く
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